勘のいい倖の、なんですかとこちらを見る眼光に、視線を逸らして出たのはカタコトのなんでもないであった。

「いや、自分で取りに行くよ。職員室にも行きたいから」

「なんで?」

 単なる口実かと思われているのか、レオは怪訝そうに口をとがらせる。

「深景先生に用が、」

「もう一度殴りに行くんですか?」

「え、いや、違うよ!? そんなわけないでしょ!」

「いいんですよ、サンドバックにしてもらっても」

 にっこりと、穏やかに兄を売る倖に薄ら寒いものを感じて全力で首を振る。しかし、遠慮をするなと尚も笑顔のまま兄をサンドバックにしていいのだと口にするもので、倖から逃げるように屋上を飛び出した。
 なにか見てはいけない闇を垣間見てしまったようで、背中に冷や汗が伝うのが嫌に気持ち悪い。
 扉に背中を預ければ一息つき、耳を傾ければ3人の声が聞こえてくる。
 冷たい鉄の扉越しのその声は温かく、けれど私には不釣り合いなものだ。
 友人だなどと、彼らを危険に晒すリスクが高まってしまったことへの後悔をしているのか。いや、きっと後悔はしていないのだろうと薄情な自身を嘲笑う。
 埋められない空虚さを、代替品として彼らを利用することを選んだのだ。
 ずるずると落ちるようにして座り込めば、目の前が真っ暗になったかのような錯覚を覚える。ちらつく火の粉は幻影であり、掴もうとすればそこにはなにもない。
 浅はかで、最低な人間だと思う。
 どれだけ自分を罵り嘲ろうとも、痛みなどまったくもって感じないのだから自己満足もいいところだ。