「………あなた、誰ですか?」
マスクの下、正直に開いた唇は僅かに震えていた。
何者か、それが自分にとって今一番大事なことだった。
明らかにただの通りすがりではない男。
あの場から逃げられて助かったのは事実、けれど助けてくれたなんて簡単に脳内花畑にはなれない。
まず一番に疑うのは先程のおじさんと同じ、“私を売る”どこかの記者かもしれない。
それとも、一般人とは程遠いオーラだから配信者?暴露系で私を追っかけてきた?
ファン、ではないだろう。最後に大ヒットした役柄はドS悪女、不倫騒動をきっかけにそのまま世間のイメージに繋がっているから若い男性には特に嫌悪されている。
虚しくも、敵か、味方か、なんて悠長に考える思考も随分と前からとっくに消え失せている。
今この世界には私の敵しかいない。
私を面白おかしくネタにする人しかいない。
最低だと嘲笑う人しかいない。
また心臓がバクバクと嫌な音を立て始める。
世界が視界がぐにゃぐにゃに歪んで見えてくる。
乾いた唇をむぎゅと噛み締めた時、気づけば下がっていた視界の隅で、再び骨ばった指先が伸びてきた。
そっと、耳朶に触れた冷たい人差し指。
そのままマスクのゴムに掛けられ、今度はしめやかに解かれる。
だらんと片耳だけに吊られるマスク、戸惑い開きかけた唇を制するように長い指先で下顎をくいっと掴まれる。
不思議なほど静まり返った路地裏、じっと妖艶な瞳で私を捕える彼は薄紅の唇の端をふっと艶やかに緩める。
美しく、強かな笑みを携えて。
「ただの誘拐犯」
イかれた言葉をさも真っ当のように吐く。
「真面目に、!」
睨みつけ、威勢よく口にするも下唇はつうっと、親指の腹で撫でられる。まるで煽るように。
「間違ってはないだろ?」



