……コロブ、ナヨ?


そう動かされた綺麗な薄い唇は、最後ふっと蠱惑的に緩んだ。その表情が恐ろしいほど色めき、魅入られ固まる一瞬のうちに。


「あ、…っ」


言葉を呑み込む時間も、声を発する隙も、戸惑う暇さえもなかった。

男性は私の手から軽々とコンビニの袋を攫う。


唖然と瞳を見開いたときにはもう引っ張られて、強制的に駆け出していた。


最高なのか、最悪なのか、まさにちょうど青信号。



「へ、え、月乃さん…っ!!?」




記者のおじさんの間抜けな声を背中に受けながら、いっきに、横断歩道を走り抜ける。



兎に角、男性の言う通り転ばないように必死だった。


何が起こっているのか、まったく思考が追いつかなくて、けれど。


どこの誰かも、名前も知らない、まだ顔すらもまともに見てない彼に、不思議と恐怖心はいつまで経っても芽生えてこない。



振り解こうと思えば振り解けるし、抵抗して止まろうと思えば止まれる。



でも、それができないのは———


ほんの一瞬盗み見た、前だけを見据える真剣な横顔に、がっちりと私を掴む白くて骨張った男らしい手に、何故か安心感を覚え、そして確かに救われたから。





彼のポケットから跳ねる重そうな小銭の音を耳にしながら、バクバクと尋常じゃない速度で鼓動も走る。