「あーじゃあ楽しいお話しでもしませんか?」


コンビニを出てから数十メートル、視界の隅にICレコーダーとおじさんの革靴がずっと引っ付いてくる。急なわざとらしい軽快な声にだって、足は止めたりしない。

こういう時は、ひたすら無表情、無言が一番。


「月乃さん、好きなお酒の種類は!?」

「………」

「ちなみに僕は、月乃さんがCMでやってたあれ!レモンサワー!あれ好きだなぁ〜」

「………」

「月乃さんが抜擢されてから売り上げあがったらしいですね?スポンサーが喜んで契約延長したって聞いてたんですけどね〜いやー残念ですよ…違約金とか相当だったんじゃないですか?」

「………」

「あっれーでも、引退ですもんね…不祥事じゃないから違約金は発生しないんですかね?」

「………」

「それとも、…やっぱり不祥事ですか?」



ギリギリと下唇を噛んだ。

どこが楽しいはなし?

急に褒められたとおもったら、結局、煽られてる。


多分、この記者ベテランだ。


「違うなら、違うってはっきり言ったほうがいいですよ?」


…まさに今、「違います」って言いそうになった。

横断歩道の手前、わざとらしい柔和な声、偽りの優しさでつくられたその言葉に、さらにきつく唇を噛んだ。

こんな時に、赤信号。

今にもはち切れそうな重いビニール袋の持ち手が指に食い込んで、痛い。



「ほら、お相手の家族の為にも、ね?」


どうしてか、今日は一段と胸もぎゅりっと痛い。


じわあっと目の前が滲んだ、その刹那。




———チャリンッ……



歪んだ顔を記者に覗き込まれそうになったそのとき、後ろからお金が落ちた音がした。