「月乃さん、すこーしだけ!ね、ちょっとだけでもお伺いできませんかね〜」


この人は、週刊新春だっけ。ここ何日も付き纏われているせいか、すっかり覚えてしまったおじさんにマスクの下で溜め息をぐっと飲み込む。

いつも通り深く頭を下げたまま、足早に通り過ぎようとしたけれど今日は一段としつこかった。


「本当にちょっとだけ、歩きながらでいいんで!あ、お酒買ったんですか?やっぱり好きなんですね〜!そうそう、関係者の方から聞いてますよ!川田議員ともよく呑みに行かれてたと!?」




………毎回思う、関係者の方ってダレですか?

「事務所を通してください」なんて、そんな決まり文句ももう使えない。

15歳のときから8年お世話になった芸能事務所を、1週間前に自ら退所。

遅咲きでもやっと開花してきた女優も電撃引退。


だから、


「……もう、一般人ですので…」


一応、毎回そう答えてみるのだけれど。


「えー本当に引退されたんですか?だとしたら急すぎませんか〜?そこら辺も含めて、ね!詳しく理由聞かせてくださいよお〜」


世間はちっとも辞めさせてくれない。

『月乃寧々』を忘れてくれない。


事務所を辞めてしまったいま、"遅咲きの女優"から政治家の愛人という"悪女"に成り下がった私を助けてくれる人なんて、誰一人いなかった。