宣言どおり、春日野は本当になんでもやった。
雑誌の誌面を飾るのはもちろん、深夜のバラエティ番組のロケ、売れないバンドのミュージックビデオ、地方の名産品の広告、関東ローカルのラジオのゲスト。
そして、はじめて演技に挑戦した、ウェブドラマ。
――人生の転機は、突然だった。
「はじめまして、春日野妃希です。よろしくお願いいたします」
ぱらぱらと拍手が起こる。
行儀よく椅子に腰かけた春日野に、数多の視線が突き刺さる。
微塵も動じていない彼女のうしろで、俺はパイプ椅子をうならせながら固唾を飲んだ。
ここは、テレビ局の一室。
アイボリーで統一された大部屋。
長テーブルでクニガマエの形を作り、ずらりと椅子を並ばせてある。
そこに座っているのは、俺でもわかるほどの一流の方々ばかり。
萎縮して小さくなってるのなんか俺くらいだ。
春日野はよく堂々としていられるな?
ライオンの檻にぽーんと放り込まれた野良猫。
あるいは、強敵に包囲された袋のねずみの気分。
ぶわっと毛を逆立てるように脇汗が浮き出て、ワイシャツが大変なことになっている。
事の発端は、1か月前。
ウェブドラマ『スクランブル!』の第1話が公開された、その日、事務所に一本の電話がかかってきた。
相手はなんと、テレビ局の有名プロデューサーだった。
連続ドラマを数多く手掛け、ヒットメーカーとして名を馳せている人だ。
『春日野妃希さんをぜひうちのドラマに使わせていただきたい!』
なんでも、役のイメージに合う役者をひとり見つけられず、気分転換に『スクランブル!』を観た瞬間、ぴんときたらしい。
あのウェブドラマで春日野に一目惚れしてくれるだなんて思ってもみなかった。
しかもこんな大物に。
何がどう当たるのか、つくづくわからない。