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4年前。
渋谷にある小規模のライブハウスに、彼女はいた。
ごてごてな装飾にしては、こぢんまりとした会場内を、大人たちが駆けずり回る。
最前列に配置されたカメラの数以上に、派手やかな照明が天井にぶらさがってある。
ライブハウスの外には、初春の寒さに耐えながら、10、20代の男女が長蛇の列を作っている。
栄えた繁華街から少し外れた、この寂れた場所に、若く、明るい雰囲気が充満していた。
これまで何度かここに足を運んだことがある。だが、こんなにも人でにぎわっているのははじめてだ。そもそも客層がちがう。
慣れ親しんだライブハウスの空気が、変わっていく。外で待つ一般客が入ったら、もっと変わる。
きっと、もう、ホームではない。
「七音、大丈夫?」
「あ……はい! 大丈夫ですよ」
心配そうに顔を覗きこむマネージャーに、とっさに営業スマイルを浮かべた。
社会人1年目である彼女のか弱い胃に穴を開けるわけにはいかない。
ぐっと拳を作り、やる気満々なアピールをすれば、マネージャーはわかりやすく愁眉を開いた。
「大丈夫そうね。よかった……。あ、なにかあったらちゃんと言ってね?」
「はい。今は本当に大丈夫です」
うそだ。大丈夫なんかじゃない。
ばりばり緊張しているし、なんなら先ほど食べた唐揚げをまるっと吐き出してしまいそうだ。
しないのは、意地だ。覚悟だ。プライドだ。
失態をおかしたら、これだから、と呆れられる。その程度のプロ意識か、と。
ただでさえ、名前を知ってバカにしてくる、頭でっかちなジジイもいるんだ。なめられてたまるか。
──七つの音と書いて、どれみ。
それが、あたしの名前、もとい芸名だ。
本名は、夏凪 音。
今年で花のセブンティーンになる。