・・・
泳ぐ。
泳いでいく。
水中にもぐり、流れをかき分けながら、速く、速く、泳ぎ続ける。
たどり着いたゴールで、空中に顔をさらせば、地響きのような歓声。
生きている実感が猛烈に湧いてくる。
もっと、泳ぎたい。
気持ちのよい息苦しさに、感極まる瞬間に、酔いしれていたい。
あぁ、まだ、もう少しだけ──……
『競泳選手の雪 京志郎さんが、昨日の朝方、新宿駅付近でトラックに轢かれ──』
──ブツリ、と容赦なく消えた。
液晶画面が黒く濁る。
リモコンを投げ捨てた手で、そうっと右肩に触れた。
鎖骨のあたりから少しずつ金切り声が上がっていく。
声は、なんとか押さえ込んだ。
築30年のおんぼろアパートで叫び散らせば、確実に隣人か大家さんから苦情をもらうはめになる。これ以上の災いは勘弁だ。
奥歯を噛み締めると、歯ぎしりが鳴る。
ギチギチとした耳障りな音。
骨の軋んだ音と似ている気がして、自然と表情筋が歪んだ。
なんでだよ。
ふざけんなよ。
おかしいだろ。
なんで。