ロンドンの朝は冷える。
厚手のコートとマフラー。
もこもこ素材の手袋も忘れずに我が身を包んだ。
はあ、と試しに吹かせた息が、白雪のようにたゆたう。
年末の忙しない空気に紛れながら、朝市を歩いていく。
果物とパンを大量に買いこむと、景気よくおばちゃんにハーブをおまけしてもらった。
「ありがと、おばちゃん。今日はハーブティーにしてみるよ」
「いいんだよ。アタシも年明けの舞台、楽しみにしてんだから!」
「観に来てくれるんだ?」
「あったりまえじゃないか。ここいらじゃ、名の知れた古参だよ?」
それはそれは頼もしい。親愛なる気持ちをありのまま伝えると、太っ腹なおばちゃんは胸を張り、ぽんと叩く。
おばちゃんがいるのといないのとでは、舞台の盛り上がりが段違い。
ファンはファンでも、古参はやっぱりひと味ちがう。
年期の入った応援には、果実以上のビタミンが注入されていて、寒さも吹っ飛んでしまう。
だから風邪を引くことなく、健やかに働けているんだろう。
「──あ、いたいた」
流暢な英会話に、耳馴染みのいい日本語が割って入ってきた。
駆け寄ってきた長身の青年に、おばちゃんの声色が急激に若返る。
「り、リッカ・ハルイエじゃないか……!」
「あ、あは……。どうも。おはようございます」
「こんなに間近で見たのははじめてだよ……。顔ちっちゃ、背たっか、腰ほっそ……。んん……美しい……」
典型的なオタクの反応に、青年は英語に切りかえつつも苦笑をこぼした。
肘でつつくと、青年はようやっとファンサービスを送る。
飛ばしたウインクはへたっぴにもほどがあったが、それはそれで需要がある。