「あー…戻りたくない。」





春はそう言いながらもゆっくりと身体を離す。


目が合うとどこか寂しそうに微笑んだ。




そんな顔を見せられると……私も徐々に寂しさが増してしまう。



このまま一緒に逃げ出せるのなら迷わずその選択肢を選ぶし、もう少しだけ触れていたいしそばにいて欲しい。





欲を言えば……もっと、キスがしたい。




春のことしか考えられなくなるような、そんな熱いキスがしたい。





(……なんて。絶対言わないけど)




言えば最後。場所が外であってもコイツならやりかねないから。



……自分が目をつけられている人間だってことちゃんと分かってるのかな。





「うわっ」





携帯の画面を見て小さく声を上げた春。





「着信46件って異常じゃない?」


「それだけアンタのことを探してるのよ」


「空き時間ぐらいは自由にさせて欲しいなぁ…」





「はぁ…」と溜め息をつき、その着信の数にさすがにかけ直すかと思いきや、春はそれ以上の操作をすることなく画面を消した。



暗くなった画面を見て思わず「えっ」と声が漏れてしまう。





「いや、かけ直したら?」


「大丈夫。どうせ早く戻ってこいって言われるだけだし」


「そうとは限らないでしょ」


「それしかないんだよ」





っと。見るからに来乗りのない感じでウィッグを片手に立ち上がり、スっと私に手を差し出した。



低めの声色に違和感を覚えながらも躊躇いなくその手に触れるとグッと引っ張られ、私も立ち上がる。


目線の高さはもちろん違って、見下ろされているこの体勢には相手が春であっても嫌な気分。





「あの人はただ、俺を監視したいだけだから」


「………………」


「こうやって誰かと会うのも許されない。プライベートくらいは好きなようにさせてほしいのに……ほんと嫌になる」





ふわりと揺れた髪の隙間から見えた彼はどこか困ったように顔を歪ませた。



その姿を下からジッと見つめながら、私はあの事を口にする。