酔いしれる情緒




一ノ瀬櫂は好きじゃない。そう橋本さんに言ったくせに、本人を目前にすると気持ち悪いほどに胸が高鳴ってる。



身体中を支配する煩い音は、この人のことが好きだという証拠にすぎない。





(橋本さんに顔向け出来ないな…)





どうにかこの高鳴りを抑えたい。



だから、





「………離して」


「……………」


「お願い。離して」





早く距離をとってほしい。




1度心を落ち着かせたいし、久々のこの状況にも早く慣れたい。




私は彼に伝えなくちゃいけないことがある。


今は、胸を高鳴らせている場合じゃないんだ。





彼は小さく口を開けて何かを言いたげだった。


だけどそのまま言葉にすることなく、言った通りに指先は離れていった。




触れられていた部分は未だに熱を帯び、


色素の薄い瞳は私に向いたままで


その視線から逃げるべくまた顔を俯かせる。





(まずは……何から話そう。橋本さんに会ったこと?伝言も伝えないといけないし。それからアンタのことを探してるって──…)





頭の中で話す内容を少しばかり落ち着かないこの状態でまとめていた、時だった。



さらっと柔らかいモノが頬に触れたかと思えば、右肩に少しばかりの重み。





「ちょっと…」





彼は言いつけを守ることなく、今度は頭を私の肩に置いた。



柔らかい髪が頬に当たってくすぐったい。





(離れてって………言ったのに)





表情はもちろん見えない。




けど、聞こえてくる声色は。






「凛」


「……なに」


「怯えんなよ」


「……怯えてない」


「だったらちゃんと俺を見て」







消えてなくなってしまいそうな







「俺は、春だよ」







寂しげに震え、艶のない、


そんな声。