「ここでいっか」
それが合図のように手を離されると、
そこは人気のない路地裏のような場所で。
「久しぶり」
「久しぶり…」
「元気にしてた?」
「まあ…それなりに」
「そっか」
指先が頬に触れ、滑るようにして撫でられる。
その手は思っていたよりもあたたかくて、
今の私には少し熱いくらいだ。
「全然目合わせてくんないね」
「……気のせいでしょ」
嘘。気のせいなんかじゃない。
今の私、おかしいくらいに緊張してる。
壁に追い詰められてることも、この距離も。
匂いも視線も指先も。
慣れているはずなのに、この人の全部に……自分でも分かるくらい心臓の音が鳴り響いてる。
緊張で考える余裕すらない私。
頬にあった指先が顎へと到達すると、彼は下を向きがちだった私の顔を上に向かせた。
一面に広がる、端正な顔立ち。
迫られた距離に視線に。
全てに胸が高鳴る中、
彼はウィッグとやらに手をかけると
するり、外されたそれ。
見慣れた髪がふわりと舞った。
「目、逸らさないで」
……って言われても。
眉根が寄ってしまうのは仕方が無いと思う。
今の彼は髪型もそうだけど何かが違って見えて、何故かいつも以上に眩しい。
薄く化粧を施されたその顔は
春なのに、春じゃない。
今の彼は一ノ瀬櫂そのものだから。



