酔いしれる情緒



劇場を後にすると

外にはまだ少しだけ人集りがあった。



その1つ1つをくぐり抜けて駅へと向かう。





(ああ、そうだ。慎二くんに連絡を───…)





もしかしたら今頃探しているかもしれないし。
そう思ってカバンの中を手探りで探す。



指先に携帯のような物が触れた、瞬間だった。





「っ!?」





本日2回目。1回目のときよりもグン!と強く腕を引っ張られ、不意な出来事に私の身体は引かれた方へと倒れてしまう。



トンっと何かに身体が当たった矢先、




ふわり。嗅ぎ慣れた匂いがした。







「見つけた。」






─────聞き慣れた声と共に。





ドクン、と心臓が跳ね上がっては急ぐように振り返る。





視界に映るのは


早く会いたいと願っていたあの人────


ではなく、見ず知らずの人。



そんな人が私の腕を掴み、引っ張ってきた。……は?





「え、誰。」





頭の中に浮かんだ言葉を口にすると、この男は薄く色のついた眼鏡の奥にある目を細めてニコリと笑った。






「分かんない?」


「…………」


「これ、ウィッグ。」





言って。目元が隠れるくらいのもっさりヘアーを触って見せたその人は、




私の目が丸くなるなり





「シー。」





自身の唇に指先を当てて内緒のポーズをする。





人って……髪型1つでこんなにも変わるものなのか。





その変わった姿にジッと見入ってしまう私。その視線に気づいた彼は再度口元に笑みを浮かべた。




そしてキョロキョロと周りを警戒するように見渡すと、





「っ!ちょっ…」





そのまま私の腕を引いてどこか急ぐようにズンズンと先に歩いてく。





もちろん私は振り払うことなくその後をついて行った。