酔いしれる情緒





「安藤さん」





気づけば人集りも記者のような人もいなくなり人気のないこの場所。その空間で橋本さんは再び私を足止めした。



どうやら内緒話は終わったらしい。





「話はまだ……って言いたいところですが、これ以上足止めしても埒が明かなさそうですね」


「何を言われても同じ言葉を返すだけです」


「ハハッ、……話の通じない人だ」





呆れたようにため息をついた橋本さんは私を見下ろすことなく真正面から視線を当てて。





「今から話す内容はあなたに関係のないことかもしれない。だから聞き流してもらっても構わないけど、今後彼と共にしたいと思うなら聞いてほしい」





そう言われて

「はい分かりました聞き流します。」

なんて思うやつはいないだろ。





「僕の事務所にはね、契約してから3年の間は芸能活動に重点を置けという決まりがあるんです。まあ……遠回しに言えば色恋沙汰は起こさないように、ということ。

その決まりは3年で世間に名前と顔を定着させるためであって、1度広まれば止まることなく人々の頭の中に記憶される。僕はそれが狙いなんだよ。

……けど、彼は今2年目。なのにその契約を無視して一般人のあなたに手を出した。

まだ2年目なのにこうやって世間に広まりつつあるのは凄いことだけど、そんな中女の影があるということが公に広まれば他社と契約した仕事全てに穴を開けてしまうかもしれない。

この世界は入れ替わりの激しい世界だし、彼の今まで培ってきた努力が全て水の泡にならないためにもサポートしている身としては止めなければならないこと。勢いがある今は何かが起こる前に対処しなければならないのです。

あなたに接触したのもそのため。彼全然諦める様子を見せないから……あなたに接触した。安藤さんから距離をとってもらおうと思って。


でも、それも失敗。


だからもう一度彼と話をした。3年が過ぎるまでの間は彼女から距離を取れ、と。まだ関係がハッキリしていない今のままじゃ何かを嗅ぎつけた記者達が彼女に接触するだろう。遠回しに危険が及ぶ、そう言えば彼は躊躇いながらもちゃんと承諾したよ。」






嗚呼、だから。



だから春は私を突き放そうとしたのか。





「でも彼、それ守ってないよね」


「……守ってないですね」





正直に答えた。だって嘘をついたところでこの人にはもうバレているし。



その返答に橋本さんはさっきよりも遥かに大きな声でため息ついていた。「はぁーーー…」と長めに。





「ほんっっっと言うこと聞かねーよなぁ…」


「(この人たまに素が出るな)」





首元にあるネックレス。これをプレゼントされたあの日は既に会うことを禁じられていた時なんだろう。



社長に頭を抱えさせるなんて相当問題児だな…アイツ。