酔いしれる情緒




(帰ろ…)





熱弁する慎二くんを置いて

1歩前に踏み出す。






────だが。


地に足が着いた途端にグッと引かれた腕は踏み出した方とは反対方向で。






「それでこれが────────

って、あれ?安藤さん?」





今頃、慎二くんは私が突然いなくなって驚いてるはず。



とゆーか、私も驚いてる。





「…………なんですか。
誘拐ですか?通報しますよ」


「違う違う」





劇場内の柱に隠れて私ともう1人、



私の腕をしっかりと掴むコイツは






「どうでしたか?生の一ノ瀬櫂は。」





私をここに招待した人───橋本(さん)だ。



首にぶら下がっているカードホルダーは関係者だということを知らせる証拠なのだろう。





「どうって……」





答える前、橋本さんの顔を見た瞬間に頭の中で浮かんだことがひとつ。





『あんな人放置していいから逃げることを最優先で考えてほしい』





そう春に言われたことを思い出しては
返事をする前に背を向けた。





「あれ、逃げるんですか」


「逃げてません。用があるから帰るんです」


「それなら送ってあげますよ」


「結構です。」





言って。その場を後にしようとしても





「知ってますか?今この劇場には沢山の記者がいるってこと」


「………………」


「あなたは気づいていないだろうけど、至らぬ記事を書くやつって頭がよく切れるんです。春はここ最近目をつけられているし、きっとどこかであなたと一緒にいるところを目撃されているかもしれないね」


「……何が言いたいんですか」


「ただの忠告ですよ」





ジリッと距離を縮められると


視界が橋本の影によって暗く染まる。







「あなたも狙われている。

だから今は動かないほうがいいってね」








どうやら私は逃げるタイミングを間違えたらしい。