「は「紬ちゃーーーーん!!!!」
「春」と。言葉にしてしまう前に、
それは慎二くんの大きな声によって打ち消されてしまった。
「こっち向いてーーー!!」
「ちょ、うるさいって…」
何かを全力で掲げるコイツを隣で宥める私。
そのため大いに目立つこの場所。
興奮のあまり立ち上がりそうになっている慎二くんの腕を必死に掴む。
それと同時に周りの様子を見てみれば、
「っ!」
バチッ、と。
舞台上にいる彼と目が合った。
その途端に動かなくなる身体。ドキドキと激しくなる心臓の音がヤケに苦しくて、さっき以上に慎二くんの腕を強く掴んでしまう。
目が、逸らせない。
周りに迷惑をかけているコイツ(慎二くん)を止めなきゃいけないのに。
もう、私は、それどころじゃなくて。
「春っ…」
その名前を口にした時だった。
(あっ…)
呆気なく逸らされた目。
彼は司会者の方に視線を向けた。
まるで────何事もなかったかのように。
「ヤバい。手、振ってくれた…」
ストン、と。落ち着いたのか深く席に座る慎二くん。
気を失ったみたいに静まった彼を横目に私も座席へ深く身体を預けた。
………私は何を凹んでいるんだろう。
目が合えば、当たり前のように笑顔を向けてくれるとでも思っていたのかもしれない。
「凛」と優しい声で呼んでくれると。
彼は今、一ノ瀬櫂なのに。
同じ空間にいる。
この目で見える。
けどそこには大きな壁があって、
私のいるこの場所と世界が違う。
……遠い。
ただひたすらにそう感じさせられた。



