嘘をつくべき時なのに、つけなかった。

嘘をつきたくないと思ってしまった。

嘘でも、好意はないなんて言えなかった。





それほど………この想いを押し殺したくないんだと知った。




ほんと、依存し過ぎだと思う。



心を支配されたかと思えば


今度は頭の中まで支配されつつある。




きっと、もう、私は


全身全霊で春が好きだ。






「………そうですか」





私の返答に橋本さんは深くため息をついた。


眉根を寄せるその顔は
呆れたようで、気に食わないと言いたげに。





原因は紛れもなく私。


この人が私と春の関係をよく思っていないにも関わらず、それに反した想いをぶつけたのだから。






カタンッ、と。音がした。


それは橋本さんが箸を置いた音だった。



彼の目線は私にあって、黙ったまま。


そして私もこの人に目線をあてているのだからバッチリ目が合ってしまう。


だとしても、お互い逸らさない。





そんな緊迫した空気感の中、

先に口を開いたのは橋本さんで。





「………なにが可笑しいんですか」





橋本さんは喉の奥で小さく笑ったのだ。



ククッと、なんだか優しそうなその顔に似つかない笑い方で。





「なんだかすごく警戒されているようで」

「威圧感満載の人を相手に警戒しない方がおかしいでしょ」




目の前のこの人を煽るようにそう言えば

「そんなつもりはなかったんだけどなぁ」と、またしても小さく笑った橋本さん。





「春に対してもそうやって警戒しないと。」

「もちろんしましたよ」

「それにしてはすんなり彼の言う家政婦を受け入れたみたいだね?」

「………………」





ぐうの音も出なかった。



確か……お金に目が眩んだんだっけ。


貯金が出来ると、それをキッカケに決めたんだ。





「まあでも、春は強引に物事を進めようとするところがあるから……家政婦の件だって強引に決められたことでしょう」





『凛、俺の家に住みなよ』


あの時の春はそう言って

ほぼ強引に話を進めてきた。



だからこそ、それも間違いではないけど。





「安藤さん。その気持ちは、
一時の気の迷いに過ぎないものだよ。

珍しい物が目の前にあると人はつい手を伸ばしたくなるものだから」





だけど。






「あなたは春に良いように言い包められているだけ。


率直に言えば、

正しい道を見失っている状態だ」





手を組んで机に肘をつき、

切れ長の目でじろりと私に視線を当てる。





「─────分かりますか?


あなたは今、見知らぬ男に人生を無駄にされているんですよ。」









(……無駄、か)




この人の発言は


私を苛立たせるものばかりだ。