今日の仕事も終わりを告げ、家に帰ると真っ先に目に入ったのは春の靴。





(帰ってきてたんだ…)





私よりも早い帰宅に少々驚かされた。


帰ったら1人だと思っていたし。





「…ただいま」





小さく息を吐いてから

いつものように帰りを知らせる。



今日は無意識にも小さな声で。





中に足を踏み入れると、床が微かに軋んだ音。


閉められたリビングのドアに近づき、ガラス面から中の様子を伺ってみると、そこにはやっぱり春がいて。


やけに静かだからまた寝ているんじゃないかと予想していたのに、その予想はハズレを引く。





春はリビングの真ん中で直立し、何か書類のような紙を手に、それをジーっと静かに見つめていた。




たったそんな姿がやけに様になっていて





(それ……台本、とかじゃないよね?)





切実に違う物であってほしいと願ってしまう。



これから先私は春のこの姿を何度も見ることになるんじゃないかと思えて……どうしようもない感覚に襲われた。




もしそれが本当に台本なら、

この人は私と棲む世界の違う人。



昨日、桜田紬と一緒にいた人、だ。




チクリ。またしても胸の奥が痛む。



彼はその台本らしき物とにらめっこしながらブツブツと何かを呟いているような。



物音1つないその空間の中で、とても集中して取り組んでいるのだと、分かりやすいほどに感じた。




だからこそ、その空間に足を踏み入れることを躊躇ってしまう。






ドアノブに手を置くも、それは置くだけで。


それ以上の動きはせず静かに引っ込める。




部屋に行こう。…いや、出て行こうか。




彼はまだ私が帰ってきていることに気づいてない。


私の存在に気がつけば、彼は私に聞いてくるだろう。




「話ってなんだったの?」と。




早く知りたかったことなのに


いざ本人の口から聞こうとすれば


こんなにも胸がザワつくなんて。




彼と話をしたくない。

真実を知りたくない。


彼の口から桜田紬の名前を聞きたくない。




その気持ちを抱えて、私は静かにその場から離れようとした。




が。