"一ノ瀬櫂"という名はきっと芸名か何か。
それとも、春という名前が嘘?
(分からない……)
ただ、分かることは、
"俺テレビ見るのあんまり好きじゃないんだよね"
その言葉はきっと嘘で、テレビに映っている自分を見てほしくなかったからだということ。
それはどういう意図なのか分からないけれど、それだけは間違いない。
あの時一ノ瀬櫂が出ていたCMが流れてた。
それを見ようとした瞬間にテレビの電源を切られた。
確かあの時「今の見た?」って、少し焦ったような声だった。
見てないって言えばホッと安心しきった顔をしていたし。
(なんで隠して………)
頭が、混乱する。
朝からいろんな情報が脳内に入り込んで身体がふらついた。
倒れた先はソファーの上で
テレビに映る彼は未だ笑顔で
(……その笑顔は、嘘だ)
なんであの時
ポスターに映っていた春に
何か違うと変な感覚になったのは
きっとこの笑顔のせい。
家で見る春の笑みと全く違うから。
その瞬間、海辺に連れて行かれた時のことを思い返した。
"俺のこと、知ってほしいんだよね。
まだほとんど知らないでしょ?
だから、これから少しずつ、教えていきたい。
凛が混乱しないように、少しずつ。
……俺がどんな人かを。"
(混乱…しないように、)
芸能人だということを先に言ってしまえば、私が混乱すると思ったのだろうか。
読み通り、きっと混乱していた。
だって、今、混乱しているから。
意識を再びテレビへと移せば、すでにそのコーナーは終わってしまったみたいで、
一ノ瀬櫂の姿はどこにもなかった。
(……終わっちゃった)
朝から凄いものを見てしまった。
そして、気づいてしまった。
薄々気づいていたけれど、テレビに映っているところを見て、やっと確信したんだ。
春は一ノ瀬櫂で、一ノ瀬櫂は春だ。
どっちが正しい名前かは分からない。
だけど、きっと、間違いない。
春はあっち側の人間だ。