戦いは、そこからだった。

抗がん剤の点滴。

しばらくすると、吐き気に襲われた。

気持ち悪い。
ご飯も食べれない。


1日に何度も嘔吐した。
こんな姿は、彼に見せたくなかった。


毎日では、なかったけれど、時間が出来れば彼はお見舞いに来てくれる。


とうとう、彼の前で嘔吐した。
彼は大きな手で優しく背中をさすってくれた。

「ごめんね」

彼はバケツから顔を上げた私を見て、涙を流していた。

本当にゴメンなさい。
彼にこんな姿を見せてしまって、本当にゴメンなさい。


でも、これは序章に過ぎなかった。

抗がん剤が効かない。

すると、また違う抗がん剤が用意された。

気持ちが悪いのは変わらなかった。
無理、吐く

それの繰り返し。

そして、とうとう髪の毛が抜け始めた。

ゴッソリと抜ける髪の毛。
それだけでも泣くことに十分な理由だった。

ブラシをする度抜けていく。

こんなの嫌だ。


私は落ち込んでいた。

彼がまたお見舞いに来た。

「そろそろ、書いてくれへんかな?」

婚姻届の事だ。



書けるわけがない。

回復もしてないのに書けるわけがない。



回復もしていないのに、退院の許可が出た。

久しぶりの我が家。
いつものベッド。
やっぱり家の方が柔らかいベッドだ。
よく眠れそう。


私が退院してからは、彼はずっと泊まってくれた。
私の家から仕事へ行き、私の家に帰ってくる。


体も随分楽になって、買い物に出かけ、料理もした。
病院にいた時が嘘のように美味しく食べれた。

ベッドに横になる頻度は多かったけれど、何とか家事はこなせていた。