* º ~ º *


ガルルルッ



「風音ー!!」



「にっ!?」



長い時間のように感じたけど、あれは一瞬の出来事なの…?



あれは走馬灯…?


いやいや、それはない。

そんな死なんて、まだ私には存在しない。



「風音、大丈夫か!」



あんなに声を荒げるノアは初めてだ…。



「だ、だ、大丈夫だよ」



あの一瞬に入ってくる情報が多すぎて、付いていけない。

まずは、ここを逃れなきゃ…!



キャンッ



バキッ



自分の家が壊れるのも構わず、犬たちを蹴り上げるノア。



その姿が、あのスーツ姿の人と重なった。

すると、自然と母に感じた恐怖が蘇る。



「うーっ……」



ふーっと荒い息を吐く。


上手く吸えない。



「風音、こっちにこい…っ!」



ある程度犬をやっつけたノアが腕を伸ばしてくる。



「ゃ…!」



声がかすれてほとんど出ない。



一目散に走って飛びついた私を落ち着いてキャッチしてくれた。

抱き上げてくれたその胸はとても大きくて頼り甲斐のある温かい胸だった。


安心して思わず涙が溢れそうになった。

まだ我慢しなきゃ。これからも、我慢だ。



ノアは気を抜かず、噛み付いてくる犬たちを片手で追い返す。

左手は私を抱きかかえてるから……。


そんな刹那、私はノアの腕から滑り落ちて地面に強打した。



「に”ゃっ…」



きりっと痛む体を支える。


ノアが私を離しちゃったの…。



そんなことを考えた矢先、私の頬に紅の生ぬるい液体がこべりついた。



「にゃ………?」



それが何なのか知るまで、大きな時間がかかった。



「にゃおー!!!」



それはノアの血液だった。

犬に隙を突かれてしまったのだ。

肩から出血している。



「にゃあ、あ~!!」



ノア、ノアと呼びかける。


ふらふらっとよろけたノアを必死にどうにかしようと頑張る。



「なお~あーん!」


「大丈夫だ、静かにしろ」



意識はある。でも脈は弱まってる…。



「あれれ~?ノアくんってぇ、そんな弱かったのぉ?」



僕、びっくりなんだけど~!

と煽るような視線を送る犬耳人間。



「シャー!!」


「もーう、そんなに警戒しないでよ~。ほらっ、こっちに連れてきて」


犬たちが駆け寄ってきて、私の首根っこを咥えようとしていた。

威嚇し続けるも効果は一切感じられない。



「うにゃー!」



「触んな」



「うるさい」



メキッ



顔が一気に青ざめた。



「にゃーぁあぁ!!!!」



ノアが犬耳人間に腹部を殴られ、壁に埋もれてしまった。


犬耳人間、彼の顔は冷酷な人に見えた。



私は目の前のショッキングな出来事に呆然と立ち尽くし、足の力がへなへなと抜けていった。


ノア、ノア、ノアと口を動かしているのにぱくぱくと動くだけ。


耳鳴りが鳴り止まない。



そのまま犬耳人間に抱えられ、段々とノア姿が遠のいていく。


嫌だ、嫌だ、死んじゃ嫌。

私の、せいで……。ごめんなさい。


不幸な子なのに、関わってごめんなさい。



誰か、ノアを傷つけた私を殺してください。



絶望の水の宝石を一粒落とし、私はノアと過ごした日々を去った。