誤魔化すように目を逸らすと、次の瞬間には気が散ってしまった。
とりあえず、ざっくり部屋を観察する。
なんと言うんだろう…とにかく殺風景な場所。
「ここは…どこ?」
「俺の部屋だ」
ベッド以外には何かが引っ掻いたような爪跡がある棚くらいで、特に目立つものはない。
だが、やけに目に付くものがあった。
部屋を見渡して視界に入ってくる容姿は、何度見ても信じられない。
「あ、あの、あなたは…」
あなたは誰なんですかという質問は、彼によって遮られてしまった。
「おい」
「は、はいぃ!」
反射的に反応して、声が裏返ってしまった。
恥ずかしい……。
「お前……」
何を言われるんだろうかと、どきどきする。
私が何かしたのかな…? それとも、さっきの抱きついたことについて…?
しかし、彼が放った言葉は違った。
「お前、何者だ?」
「……え?」
それは思ってもなかった質問。
私は今、とても渋いものでも食べたような顔をしているだろう。
「何者…でもないですけど…?」
「じゃあ何故、あいつといた」
「あいつ…?」
この人の言ってる意味がわからず、混乱する。
私、誰ともいなかったし、まずあいつって誰…?
この人の知り合いであることは確かだとは思うが、私は誰かわからない。
「あいつだよ、あいつ」
「……良く…わかりません…」
彼は“あいつ”の名前が出てこないようで、頭を抱え込んでいる。
「あいつ……じゅ…」
「じゅ…?」
誰かの名前を言いかけては、必死に思い出そうと頑張っている。
「ジュリだ」
「ジュリ…?」
ジュリ、だって…?
ジュリは……。
「誰ですか、その人」
「知らないのか?」
コクリと首を縦に振る。
「本当にか?」
「知りません」
それっきり彼は黙って何かを考え込んでいる様子。
私はさっき無視された質問をしようと口を開いた。
「あなたは……」
「あ?」
何故ケンカ腰なの…。
「あなたは誰ですか…?」
「お前こそ誰だよ」
むむっ……。
「今は私が質問してるんですっ!!」
今度は黙ってなんかいられない。
無視された挙げ句、質問を質問で返されるなんて、こっちが最悪だよっ。
「うるせぇ…」
「んもう!」
なんて自己中な人なの…!
「私は葉月 風音-ハヅキ カザネ-です。あなたの名前は?」
「俺はノアだ」
やっと質問に答えてくれた。
「ノア?」
「…おう」
名前を呼ばれて不満そうに返事をしたノア。
あんまり名前を呼ばれるのは好きじゃないのかな。
「………」
しばらく沈黙が続く。
居心地が悪い…。
せめて「素敵な名前だね!」って褒めるべき…?
いやそこまで私が頑張る必要はない。
この猫人間…いや、ノア、よくわからないな…。
急に静かになったりして……ざっくり言えば気分屋みたいな…。
“本当に猫みたい”。
そんなことを考えていたら、頭に突っかかっていたことを思い出した。
「私、誰ともいなかったですよ…? 虎に追いかけられて気を失って、気付いたらここにいて」
虎が何であんな森にいたのかがわからない。
普通ならジャングルとかにいるものでしょ。
それに、今思えば威嚇されてなかった。
無の顔で私に近づいてきた。
何を企んでいたのか私には理解しがたい。
「あれがジュリだ」
「ふーん…。なんかジュリエッタみたいな名前の虎ですね」
意味不明な発言をし、そこで違和感に気付いた。
「……そ、それは…あの虎のことでしょうか…?」
「あの無駄にデカい虎のことだ」
「う、うそぉ……」
ジュリ=虎 らしい。
名前があったなんて……。
綺麗な虎だった。
けど、なんかいたずら好きそうだったし。
見かけによらず、名前は可愛い気もする。