初めて会った時のこと、もちろん覚えてるよ。


佐上(さがみ)優哉(ゆうや)です。……柳原さんくらいですよ、俺のこと知らないの』


初めて会った時から、そんな呆れた顔してた。


『知ってるよ? 朝礼で挨拶したの、ちゃんと見てたし。ただ、その、正確な名前まではちょっと……これだけ人数多いとさ! 』

『名前に正確も曖昧もあります? 一字違えば、もうそれ別人ですよね。で、会議室Fってどこですか』


社内で迷っておきながら、随分偉そうで。
それがまた、何とも素直に若さが滲み出ていて可愛い。
つい笑ってしまうと、不機嫌さを全面に主張するみたいにしかめっ面で。


『なんで、こっちなんだよ……アルファベット使う意味ないし。普通に並んでると思ってた』


迷子になったのを笑われたと思ったのか、少しだけ耳が赤い。


『ごめんね。でも、もう覚えた』

『……本当ですかね……。いいですけど、別に』

『本当だってば。試しに、今度迷ったらまた声掛けて? フルネーム、ちゃんと呼べるから』


確かに、ユウ――佐上くんの言ったとおりだ。
若い女性社員が多いなかでこれだけ目立って、いろんな人から話し掛けられるっていうのに。
私みたいに、正面から歩いてきて素通りする方が珍しいんだと思う。


『もう迷いませんから。第一、柳原さん、そんなうろうろしてるんですか? 俺は……《《%size:12px|なかなか見掛けなかったのに》》』

『え? 』

『いーえ! じゃあ、そのへん暇そうに彷徨いてたら、遠慮なくテストさせてもらいますね』


(……う)


改めて、そう意地悪に宣言されちゃうと急に不安になってくる。


『今更、後悔しても遅いですよ。一文字でも違ったら、どうしようかな。何か、考えておきますね』

『だ、大丈夫。それより、佐上くんこそ、よく私のこと知ってたね? そっちの方がすごいと思うんだけど』


私にとっては、ごく当然の疑問。
でも彼は、なぜか一瞬悩んだように視線を落として、何をどうやって決めたのか、チラリと腕時計に目を遣った。


『……だって、すごい目立ってたから』

『えー? それはない……』


いや、何かやらかしてたっけ。
朝礼で?
でも、私はきっちり集団に属している、ただの平凡社員だ。
今は――また、別の意味で悪目立ちしてるかもしれないけど。
この時はまだ普通で、どこにでもいる――……。


『言ったじゃないですか。柳原さんくらいだって。……俺のことチラッと見ただけで、後は一回もこっちに顔も向けなかった。と言うか、隣の子ガン見してましたよね』

『……あ、あれはー!! リップ、可愛い色だなって。今、試作してるアイシャドウ、どんな色が合うかなとか考えてただけ! 』


ヤバい。
新入社員の女の子を、そんなに見つめてたなんて。
いろんな意味で、誤解されてないことを願う。


『だから、すげー目立ってました。俺にとっては、ものすごく。おかげで、声掛けやすかったですけど』

『……そっか』


普通なら、こんなにかっこいい子からいきなり話し掛けられたら、驚きと喜びと、照れ――そんな感情が溢れちゃうのかも。
それを見てしまうのって、本人は複雑なのかもしれないな。


『ともかく、ありがとうございました』

『ううん』


もう一度時計を見て、今度は少し目を見張って、小声で「やばっ」て言って。
余程急いでいたのか、一言だけ残して会議室の方へ向かっていた。


――よろしくね、先輩。