わかってんのか、と言いたげな目で見られる。
 昔から繰り返されているその言葉は、もはや土居にとっては口癖と言っていい。特にこの数ヶ月はよく聞かされている──彼女と別れた一件以来。
 自覚していないわけではない。だが、自覚するのと改善が可能かどうかはやはり別の問題というか、違う話なのである。
 人の立場で考えると言えば聞こえはいいけど、単に気が弱くて逆らえないだけ。彼女のその言葉には自分自身頷けたから、何も言い返せなかった。
 よく、三年も続いたものだと思う。
 たとえあの時別れずにいたとしても、遠からず同じ結果にはなっていただろう。万一そうならなくても、彼女を幸せにできたかどうかは疑わしい。
 なら、傷の浅いうちに終わらせておけたことは、やはり良かったのだ。
「けど、実際は向こうの都合だろ。おまえは結婚しようと思ってたんじゃないのか」
「そのつもりだった。……だからこそ、だよ」
 確かに直接のきっかけは、彼女に別の男ができたことだった。打ち明けられるまで、全くその事実に気がつかなかった──その少し前に「両親に会わせたい」と孝が言い、彼女がひどくうろたえた時でさえ、想像もしなかったのだ。
 つまりは自分の、一方的な思い込みだった。
 先に好きになったのも告白したのも自分。だが、近づいていけていると思っていた。付き合う月日の中で、お互いへの理解は深まっていると感じていた……だがそう思っていたのは自分だけ。
 ギリギリまで彼女が何も言わなかったのは、言う気になれなかったからだろう。彼女なりに葛藤はしたかも知れない。あるいは、都合の良い相手として利用されていたのかも知れない。もしかしたら最初から。けれどもう、どちらでもよかった。
 自分が結局、彼女にとってはその程度の存在でしかなかった、という事実は変わらないのだから。
「……まあ、おまえがもういいってんならしょうがないけど」と、この話題のたびに締めくくりとして何度も言ってきた言葉を、土居はまた口にする。孝も習慣でまた頷いた。
「で、その仕事全部今日やんないとまずいのか」
「片付けといた方が、明日と週明けが楽には違いないけど。やらないとまずいってほどじゃない」
「なら、今日はもう終わりにしとけよ、明日出るんだったら余計に。なんか食いに行こうぜ」
 帰って作んの面倒だしコンビニ弁当も味気ないだろ、と笑いながら言う。お互い、学生の頃から一人暮らしだった。
「いや、まだこの計算途中なんだよ」
「どれ? あー、これっくらいならやってやるよ。ほら貸せ」
 と、テンキーを操作し始めた土居は、ものの二分ほどで大量の数値入力と関数設定を済ませてしまった。さすが経理と言うべきか。