火事に巻き込まれたと知られたら、きっとひとり暮らしはやめさせられるし、仕事に対しても今より干渉が酷くなるのは確実だ。でも、この緊急事態でわがままは言っていられないし……。
苦悩する私を、天澤さんは神妙な瞳で見下ろしている。彼のほうはどうなんだろう。いくら冷静な彼だって、この状況では困っているんじゃないだろうか。
「天澤さんはどうするんですか? きっとそちらの部屋も多少なりとも被害は出ますよね。水かけられているし」
「俺はもうひとつ部屋持ってるから」
さらりと返され、私は目を丸くして彼を凝視する。
「ここは空港に近いから勤務の前後に寝泊まりしにきてるだけで、本拠地は麻布」
「セレブ!」
つい貧乏人の本音をこぼしてしまった。ここだけじゃなく別の部屋を持っているとは、なんて羨ましい……。
彼ほどの人がこの古びたマンションにいるのは違和感ありまくりだったけれど、私と同じでただ近いからここを借りていたのね。納得。
そのとき、ほんのわずかな希望を見出した。隣人のよしみで、ひとまず寝泊まりする場所を提供させてもらえないだろうかと。
消えかけの飛行機雲よりも薄い望みだが、とりあえず頼むだけ頼んでみよう。ここはなりふり構っていられない。



