ぱっと顔を上げると、スクエアフレームの眼鏡をかけた知的そうな男性がいる。三十代前半くらいだろうか、スーツベストにレジメンタル柄のネクタイをつけているビジネスマンだ。
端整な顔立ちの彼が穏やかに微笑んで社員証を差し出し、私は慌てて頭を下げる。
「すみません! ありがとうございます」
「いいえ」
表情や仕草から物腰柔らかな人であるのがわかる。素敵な男性だなと、単純に思いながら社員証を受け取ったとき。
「大変そうですね、お家騒動」
気の毒そうな微笑みと共にそんなひと言が投げかけられ、私は一瞬目を丸くしたあと苦笑を漏らしてうなだれた。
「聞こえていましたか……」
「すみません、耳に入ってしまったもので。ご両親ですか?」
わりと気さくな彼に「ええ」と頷く。性格もよさそうな人だと直感し、とりあえず一緒に歩きながら話をすることにした。
「お家騒動なんて大袈裟なものじゃないんですよ。ただ、私が末っ子で唯一の娘だからか、父がいつまで経っても子離れしてくれなくて。なにかと干渉してくるので困ってるんです」



