なにをするのかと思いきや、その缶を自分の口へ持っていき、なんのためらいもなくぐいっと液体を呷るではないか。
完全なる間接キスだ。飲み口に触れている唇も、上下に動く喉仏も凝視してしまう。
「……薄」
ひと口飲んだ彼は、表情を変えずにボソッと呟いた。
生ビールしか飲まない彼にとっては物足りない味なのだろうが、そんな嫌味も気にならない。ただの間接キスに、学生の頃みたいにドキドキしてしまっている。
呆気に取られている私に、天澤さんは空になった缶を軽く持ち上げて言う。
「セミの礼はこれでいい」
「あ……」
そういえば、すっかり忘れていた。ていうか、なんというお礼のもらい方……。
固まったままの私をよそに扉のほうへ歩きだした彼は、数歩進んだところでこちらを振り返る。
「管制官気取りの挨拶、いつか雲の上で聞かせてみろ。笑ってやるから」
いたずらっぽく片方の口角を上げて踵を返す天澤さんを見つめ、私はパチパチと瞬きをする。
管制官気取りの挨拶って、まさかさっきの私のひとり言を……。
「聞かれてたの~!?」
思わず叫び、両手で頭を抱える。間接キスよりもそっちのほうが恥ずかしい!
顔を熱くしてうろたえる私をよそに、彼は屋上から悠々と姿を消していった。



