「でも、隙がありすぎる」


 そんなひと言を放った千里さんが助手席のシートに肘をかけ、こちらに身を乗り出してきた。

 突然接近されて驚いた私は、目を見開いて身体を硬直させる。彼は私の顎をぐっと掴んで固定し、あと数センチのところまで唇を近づけた。

 視界いっぱいに映るのは、獰猛なのに美しい彼の顔。


「ほら、簡単に唇を奪える。だから真柴さんに抱かれたりするんだよ」


 挑発的な声と視線に、わずかな怒りが含まれているのが感じ取れる。なのにどうしてか、怖さや嫌な感情は生まれない。ただ、鼓動が激しく乱れているだけだ。

 千里さんはその美麗な顔をさらに寄せてくる。


「あのまま俺が来なかったら、こうやってあの人に──」
「やめて……!」


 唇が触れる寸前で、私は顎を引いて咄嗟に拒否した。


「千里さん以外の人となんて、考えるだけで嫌です」


 きっぱり言い放つと、彼は呆気に取られたような表情になった。それを見て、私もはっとする。今の発言は、千里さんならいいと認めたも同然だと。

 自然に口から出た思いに動揺するも、すぐにどうでもよくなってしまう。彼の瞳に、情欲の色が滲み始めたから。