真柴さんは密着したまま、甘い笑みを浮かべて私を見下ろす。きっと、彼に好意的な人ならあっさり陥落しているだろう。
「平気そうに見えてわりと酔ってたんだね。一緒に帰ろうか」
「いえいえいえ、大丈夫なので」
私も早く帰りたいけど、ひとりでいいですから!という気持ちで、胸を押して必死にすり抜けようともがいていた、そのとき。
「つぐみ!」
聞こえるはずのない焦った調子の声が響き、真柴さんから引き剥がされた。また別の人の胸に抱き留められ、驚きと困惑でいっぱいになりつつ顔を上げる。
「え……っ、千里さん!?」
私にしっかりと腕を回すのは、マンションにいるはずの旦那様だ。驚きすぎて、そこから先の言葉が出てこない。
彼は敵に向けるような鋭い視線を真柴さんに突き刺している。
「ご迷惑をおかけしました。妻は俺が連れて帰りますから、ご心配なく」
感情のこもっていない声を放ち、私の腰を支えてすぐに扉のほうに向かって歩き出す。観察するように私たちを見ていた真柴さんが「天澤」と呼び、千里さんは足を止めた。
「お幸せに」
なんだかわざとらしい笑みと共にひと言かけられ、千里さんは無表情で軽く頭を下げた。



