勇気を振り絞って近づくも、ヤツは突然ジージーと騒ぎ出すので、声にならない声を上げて飛び退く。いつぶつかってくるかわかったもんじゃなくて怖すぎる。

 数十分それを繰り返し、どうしようどうしようと絶体絶命のピンチに陥っていたとき、天澤さんがタイミングよく帰宅してきたのである。

 私はすぐさま彼に助けを求め、セミを逃がしてやってくれないかと頼み込んだ。しかし『好きなように生きさせてやれ』というひと言で拒否されてしまったため、こうなったら私がどれだけセミが苦手かを必死に説こうとした。


『セミって、死ぬ間際に最後の力を振り絞って突然飛び回るらしいんですよ……怖くないですか』
『全然』
『あれが噂のセミファイナル……』
『なにアホなこと言ってんだ。俺は帰る』


 私を置いてさっさと行こうとするので、『待って待って待って!』と慌てて天澤さんのシャツを掴んだ。

 そのままセミに近づいたら案の定また動き出し、変な声を上げる私。彼は『うるさい』と舌打ちしながらも、私の手首を掴んで引っ張った。

 おかげで一気にセミの横を通ることができ、ヤツの強襲に合わずに部屋にたどり着くことができたのだ。天澤さんが来なければ、いつまであの攻防を続けていたかわからない。