「毎日空を見ているのに飽きないんですね」
「それ、〝毎日白米食べてるのに飽きないんですね〟って言うのと一緒だぞ。それに、地上から見上げるのとは全然違う」
「あ、オーロラとか見えるんでしたっけ? いいなぁ、パイロットの特権」
「ただ見えるだけじゃない。オーロラの中をくぐったこともある」
一般人には想像しかできない幻想的な世界を体験したのだと知り、「えー!」と声を上げると、天澤さんはどこか満足げに表情を緩めた。
もっともっと聞きたいな、コックピットでの絶景話。天澤さんも飲みながらだったら、さらに楽しめるかもしれないのに。
そんな考えを巡らせていた私は、ふいについこの間の出来事を思い出し、ビニール袋の中からもうひとつの缶を取り出して彼に差し出す。
「お時間が大丈夫なら、やっぱり付き合ってください。これ、この間のセミのお礼に」
「セミ? あー……あれか」
彼は怪訝そうに眉根を寄せたものの、すぐに察したらしい。
というのも、約一週間前のこと。帰宅したら私たちが住む二階の通路の真ん中に、まだ生きている様子の一匹のセミがいた。
私は大の虫嫌いで、あの横を通らなければならないというだけで死んだほうがマシなんじゃないかと思うほどの絶望に打ちひしがれた。



