彼女の網膜を通して映しだされた限りなく透明に近い青の美しさを、ほんの爪の先ほどでもいいから、知りたかった。

 それを知ることが出来れば、自分の存在価値は証明できるはずだったのだ。

 神様は、不公平だと思う。

 よく子は親を選べないという言葉をSNSで目にするけれど、果たして、生まれ持った『才能』は誰によって与えられるのか。

 それが神様だとするなら、なんと不完全で横暴な仕事をする奴なんだろう。

 きっと、神様は知らない。

 血反吐吐くほど何年も積み重ねて努力しても、手に入らないものに焦がれる強烈な羨望を。 

 きっと、神様は思いつかない。

 才能を生まれ持った人間を目の前にして、無力さを思い知らされた凡人が抱く劣等感を。

 ───だから、神様は。

「……もう描くのは、やめたよ」

 凡人がどれほど望んでも手に入れられない才能という幸福を、いとも簡単に手離す人間に与えたのだろう。

 彼女に振り払われた手のひらの感触が、今もまだ消えない呪いのように残留している。
 遠ざかる彼女の背中を追うように手を伸ばした。
 もう、何もかも遅いというのに。竦んだ足は彼女を追いかけるための一歩を踏み出すことを拒んでいた。

「っ、待ってるから! ずっと!!」

 張り上げた声が、彼女の足を止めるに値しないことなど初めから分かっていた。
 それでも、声を、あげる。

「『アリスの家』で待ってるから!!」

 無意味な言葉を羅列するようにあげつらう思考の裏側で、本当はこう、思っていた。

 ───ああ、よかった、と。