夕焼けの境界線が深い青に包まれたころ、透花はステージ裏で次の準備や打ち合わせするスタッフの波をかき分けるように、彼の姿を探していた。
視界の隅に、ちらりと彼の姿が映ったような気がして振り返る。透花は、その影を追うように会場の外へ出る。
一歩、会場から出ると辺りはステージの盛り上がりが嘘のように人影もなく、閑散としていた。未だ続くライブ演奏の音と、飛び交う喝采はどこか遠い出来事のよう。
「律くん」
律は、ひとり階段の一段目で蹲るように顔を伏せて座っていた。
その前に立って、透花が声をかけると、律はのろりと表を上げた。焦点の定まらない虚ろな瞳が透花の姿を捉えると、少しだけその色に失いかけた気力が戻る。血の気を失った青白い顔が、くしゃりと歪んだ。
「透花」
それは、縋るような声だった。透花はそれがいつもの律ではないことを悟る。
「律くん……だ、大丈夫? 顔色すごい悪いし、冷たいよ」
律の頬を触ると、たちまち透花の体温が奪われていくほど冷たい。
「すぐ大人の人を、」
「───いかないで」
律の頬から離れていく透花の手の軌跡をたどるように掴んだ。
ぴんとはった糸のように掴まれた腕を掴む力は、簡単に振り払えるほど弱弱しい。
「ここにいて。お願い」
「……分かった」
透花はそれだけ返事を返し、律の横に並ぶように座る。透花と律の間にあるのは、重ね合わせた手ひとつぶんの間隔だけ。
見上げた夜の空は、手を伸ばしても届かないほどに遠い。塗り潰した黒にぽっかりと穴が開いたようにはっきりと輪郭を帯びた月が寂しく輝いている。乾いた空気を吸い込むと、少し肺が痛くなるほど透明で澄み切っている。
ただ手と手を重ねた指先が、互いの存在を確かめるようにどちらともなく絡みついて、解けない糸のように固く繋がれる。
「ねえ、透花」
「うん」
「……今だけでいいから」
「うん」
「胸、貸して」
透花は返事を返さず、ただ律の頭に手を伸ばし、優しく包み込むように引き寄せた。少しだけバランスを崩した律が、透花の身体へ雪崩るように腕の中に収まった。
押し殺すような吐息は堰を切ったように嗚咽へと変わり、止まらない透明な雫とともに夜風に攫われてく。
誰にも聞こえないようにと、透花は背中に回した腕に力を込める。決して描かれることのない漫画の余白を埋めるように、強く、強く。
それからどれほどの時間が経ったのか。透花の体温が律の体温と混じり合って、同じくらいの熱を帯びたころ。
胸の中で小刻みに震えていた身体が、落ち着いて呼吸を取り戻し始めていることに気付いた透花は、ようやく口を開いた。
「律くん、わたしね」
泣き腫れて目尻に赤色を滲ませた瞳が、頼りなく視線を上げる。
「もう、逃げるの、やめようと思う」
目を逸らしていたことから、ようやく向き合う覚悟が出来た。大丈夫、やり方はにちかが教えてくれた。あとは自分を信じて突き進めるかどうかだ。
透花は、ゆっくりと息を吸い込んで、律の顔を真正面に捉えて言った。
「律くんに書いてほしい曲があるんだ」
それが、きっと。
間違いだった。
───××さんがいいねしました。
闇の正義ちゃん@seigi_125
え、待って待って。
これってさ、トレパク?
『ITSUKA』のMVと完全一致なんだけど。