怒涛のMV製作から約2週間後、透花たちはアリスの家に集合していた。
集合理由は簡潔。本日、MV賞の結果発表である。
「……うう、緊張する」
「今更慌てたってどうしようもないんだから、少しは落ち着きなよ。見苦しいな」
いっそすがすがしいほどの纏の正論も、浮足立つ人間の前には無意味にも等しい。すまし顔の纏に詰め寄った透花が口を開く。
「緊張するなって言う方がっ、」
「あ。ページ更新された」
強引に透花の言葉を遮った纏は、マウスを右クリックをした。
「結果は!?」
纏を押しのける勢いで、律と佐都子がPCの前に顔を突き出す。
透花は緊張と恐怖のあまり、自分の顔を両手で覆い隠して、PCに表示された結果発表から目を逸らす。が、誰も何も言葉を発しないことが気がかりになってぴっちり閉じた指の間を少しだけ開けた。
「け、結果は……?」
放心しきった律がぽつりと言葉を零す。
「───落選した」
「そ、っか」
終わりにはあまりに、あっけなかった。
1か月という短すぎる時間の中でよく健闘した方だろう。けれどその結果を飲み込むにはまだ時間を要した。先ほどまで身を乗り出していた律も佐都子も、力なく腰を下し、俯いた。
「お前ら、見切んの早すぎ」
纏の一言に、それぞれが顔を上げる。
にんまりと、口角を上げ自信に満ち切った瞳で纏は全員に見えるようにPCごと横にスライドさせた。そこに表示された文字は、こう書かれていた。
審査員特別賞、『青以上、春未満』。
*
動画サイトが開催していたコンテストなだけあって、その日から青以上、春未満の動画再生数は飛躍的に伸びた。1週間で18万回再生止まりだったが、1時間で1万回以上再生され、SNSのフォロワーも徐々に増えていく。
纏の思惑通り宣伝として、これ以上にないほど結果が出た。
MV賞の結果発表から2日後、夜半に事件は起きた。
透花は長風呂から上がり、食卓に置いていたスマホを確認して、思わず目を張った。
通知が1000件以上、スマホのロック画面に表示されていた。何事かとスマホを手に取ってロックを解除しようとした矢先、電話が掛かってきた。相手は佐都子だ。
「もしも、」
『透花! 今すぐITSUKAの動画見て!』
電話口からの爆発音に透花は、条件反射でスマホを耳から離した。鼓膜に残響して、顔を顰めずにはいられない。
「……な、なに? 動画?」
『動画! いますぐ!』
容量の得ない佐都子の言葉に、いくつもの疑問は一先ず飲み込み、言われた通り動画サイトにアクセスし、ITSUKAのチャンネルを表示させた。
「……え?」
スマホをスクロールしていた指先を止め、透花は目を擦った。そしてよく目を凝らしてもう一度スマホ画面を凝視する。
昨晩まで、青以上、春未満のMV再生回数は確か37万回再生ほどだった。
ひょっとすると、単位を間違えたのかもしれない。透花は指先を順に辿りながら、そのゼロの数を一つずつ数える。
「……いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、…………」
150万回。確かに、そこにはそう表示されていた。
夢かもしれないと透花は自分の頬をつねるが、普通に痛かった。ということは夢ではない。現実だ。けれど、どんな魔法を使ってもこの異常事態が巻き起こせるのか透花には全く見当もつかず、呆然とスマホを見つめていると、電話口が佐都子が声を荒らげた。
『今、現在進行形で! SNSでITSUKAの曲がめちゃくちゃバズってんの!』
「……え?」
拍子抜けた声が透花の口から洩れ、虚空に消えた。更なる波乱が巻き起こる予感だけを残して。