むしろ期待するなと、言われる方が無理だろう。
透花からの、所謂デートのお誘いに思春期健全男子の律が舞い上がらないはずもなく。
何とも言えないむず痒さを抱えながら、買ったばかりのシャツに腕を通し、お気に入りの黒いキャップを被った律は今、全力疾走をしていた。
「律くーーん! もうちょっと速く!!」
数メートル先で大きく手を振りながら、スマホを構えた透花から容赦ない要求が飛ぶ。
騙された、と大声に出したい感情をぐっと押し殺して、律はさらに足を加速させた。自然と息が上がって、顎が上がっていく。
見上げた空は、突き抜けるように高く、目が覚めるほどに鮮明な青だった。
*
「お疲れ様」
柵にももたれ掛かり、心地よい小川の風を浴びながら休憩していた律の頬に冷たい感触があった。目に掛けたタオルをどかして、死んだ目で見降ろすと、スポーツ飲料を片手に笑う透花がいる。
「ありがと」
律は差し出されたそれを受け取り、遠慮なく口をつけて喉を潤した。横目で透花を見ると、満足げに撮影されたスマホの動画を再生している。半日をかけて撮影されたMV用の資料だ。
「付き合ってくれてありがとう、すごーく助かった! やっぱり参考の資料があるとイメージも湧きやすいし。ネットだと探してもしっくりくるのが無くて困ってたんだ。このアーチ橋、どうしてもMVで使いたかったの。律くんの曲の雰囲気に合うと思って」
「そりゃどーも」
そっけなく律は顔を逸らした。いたいけな青少年の思春期心を弄ばれたのだ、拗ねるのは当然の権利だろう。
怪訝に思った透花が下から律の顔を覗き込む。
「……なんか怒ってる?」
「んー? べっつに~?」
「わ、痛い、痛いよ律くん!?」
律は意趣返しに貸してくれたタオルを透花の頭にかぶせて、げん骨で軽くぐりぐりしてやる。乱れた髪を直しながら困ったように眉を下げる透花を見ていくらか溜飲が下がった。
律が重い腰を上げて地に足をつけたと同時に、どこからか防災無線の帰りのチャイムが聞こえてくる。
「あーもう、18時か。そろそろ帰る?」
振り返ると、透花がパチンと両手を合わせて申し訳なさそうに片目を閉じる。
「連れ回してごめんね。良ければあとちょっと付き合ってほしくて」
「……別にいいけど。……まさか、また全力疾走しろってこと?」
「あはは、違うよ。今日って七夕でしょう?」
「そうだっけ」
「ここからちょっと歩いたところで、七夕祭りやってるんだ」
七夕祭り。そういえば、ここに来るまでの道中、まだ時期的に早いだろう浴衣姿の男女を電車で見かけたことを律は思い出す。
透花は薄く微笑んで、夕焼けの赤よりもさらに頬を紅潮させながら言う。
「青春、の仕切り直しに……どうでしょう」
そんな顔されたら、名案だ、なんて律は思ってしまうのだ。弱ったことに。



