ばかげたことを考えてしまい、冬美は慌てふためく。というか、なぜそんな発想をしたのか意味不明である。自分たちがどう見えるかなんて、決まっているではないか。

もちろん上司と部下だ。部署は違えど、実際そうなのだから。

一人うろたえる冬美を見て、課長はなぜかニコニコする。気のせいか、ずいぶんと楽しげな様子だ。


「ところで、さっきは急に手を引っ張るから驚きました。お腹が空いたんですか?」

「えっ? あっ、それは……」


早く食事を終わらせたくて、つい焦ってしまった――とは言えない。課長は親切心から食事に誘ってくれたのだ。しかも奢ってくれると言う。

冬美は失礼にならないよう言いわけをする。


「ええと、そうではなくて。ただ本当に、予約時間に遅刻してはいけないと思ったので。でも、馴れ馴れしかったですね、すみません」


頭を下げると、今度は課長が慌てた。


「いやいや、馴れ馴れしいだなんて。僕はまったく気にしてませんから」

「そ、そうなんですか?」

「もちろん」


しばし目を合わせ、同時にぷっと噴き出した。


「ここは旅先。お互いの立場は忘れて、楽しく食事しましょう」