冬美は今頃になって気づいた。これまで彼にはご馳走になるばかりで、一度も手料理を振る舞ったことがない。


「手作りのごはん……か」


冬美は一人暮らしの経験がなく、大学も会社も実家から通い、25歳になる今の今まで母親の手料理を食べてきた。

台所を手伝うことはあったが、米研ぎと味噌汁を任されるていどで、それも休日くらいのもの。大したものは作れず、というか、料理にさほど関心がないのだ。


「今は午後6時。課長が帰るのはだいたい7時半過ぎだから、それまでに作るとなると簡単なものじゃなきゃ……でも簡単でいいのかな? と、とにかくメニューを決めて、急いで買い物して、あわわ」


慣れない買い物に慌てふためいていると、バッグから着信音が聞こえた。


「あれっ、課長からだ。もしもし?」

『冬美さん、お疲れ様です』


おっとりと優しい声が耳に響く。彼は付き合い始めた頃から名前で呼んでいる。

声を聞いただけで、冬美のからだはぽかぽかとした空気に包まれた。


『もしかして買い物中ですか?』

「はい。あ、まだこれからなんですけど」


二人は敬語で会話する。