(そういえば、忘年会か何かの席で、経理課長が面白そうに喋ってたっけ)


あいつは変わり者だから女が寄って来ない。独身の上に仕事が大好きときては、金が貯まってしょうがないだろう――


企画課の給料は他部署より高い。しかも彼は管理職でありボーナスも一桁違うはずだ。他部署の平社員に奢るくらい、どうってことないのだろう。

でも、そんなに変な人ではないと冬美は思い始めている。奢ってもらうからではなく、こうして近くにいる印象として。どちらかといえば、彼を変人だと笑う経理課長のほうが感じが悪いし、あまり好きではない。


しばらく周辺を歩き、もといた場所へ戻った。

二人並んで手すりにもたれ、景色を見渡す。右手に見える桟橋から、黒船を模した遊覧船『サスケハナ号』がゆっくりと出港する。


「野口さん、見てください。あの島が柿崎弁天島。吉田松陰がペリーの船に乗せてもらおうとして、祠に身を隠していたそうですよ」

「えっ、あの島が?」


冬美は高校時代の一時期、歴史小説にはまった。新選組が好きだったので、幕末の話には興味がある。


「確か……結局、乗せてもらえなかったんですよね」

「うん。でも、密航してまで外の世界を知りたかった彼の気持ちはよく分かります。僕もそうしたかもしれない」