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「日永さん、ご結婚されたんですよねえ」
そう尋ねてきたのは後輩の滋田(しだ)だった。芽衣子の妊娠発覚の三日前のことだ。職場では上司数名と同期数名には式に来てもらったけれど、所属局全員を招くことはできなかった。
なお、俺の職場は温暖化防止やオゾン層保護などの政策に関わっている。
後輩の滋田は、省庁勤務よりはIT系オフィスにいそうなアグレッシブな男で、入省二年目。俺の後輩では一番若い。
「ああ、先月ね」
俺は滋田の資料をチェックしているところだった。調子のいいところのある滋田は、コミュニケーション能力は高いのだが、細かいミスが多い。上長から面倒を見るように仰せつかっているのだ。
「参議院議員の円山鉄男先生のお嬢さんが奥様って本当ですか?」
言いふらすようなことではないので、俺は言っていないが、こういう話は自然と広まるものだ。俺は頷いた。
「ああ、そうだよ」
「円山芽衣子さんですよね」
滋田が芽衣子の名前を口にし、俺はようやく彼の顔を見た。滋田は目を光らせ、興味津々といった顔をしている。
「俺の大学時代の先輩なんです、円山芽衣子さん」
「へえ、そうなのか」
「と、言っても、俺は彼女に憧れてる男たちのひとりだったんで、彼女は覚えていないと思います。学年も俺がイッコ下だし」
世間は狭い。芽衣子の出身大学は知っているが、滋田も同じだったとは。
それにしても憧れていたというのは、少し驚いた。
確かに芽衣子は可愛らしいし、学生時代はさぞ人気があっただろう。しかし、芽衣子は誰とも交際経験がないと言っていた。男性経験も俺が初めてだと。



