「何泣いてんだよ。」
確かにそう聞こえた気がした。ああ、幻聴まで聞こえるなんて、本当におかしくなっちゃったんだ。

「…ぅぅぅっ……うっ…。」
寒い、震えが止まらない。早く家に帰りたいのに……。

「帰るぞ。」後ろから聞こえたその声は、私を軽々と持ち上げた。

「……夏樹?」私を抱き上げてくれたのは夏樹だった。暖かくて、嬉しくて、また涙が零れる。

「…夏樹…、夏樹…!」

「…なんでこんなに濡れてるんだよ。」

「傘忘れちゃったの…。」

「…本当に華菜は俺がいないとダメだな。」久しぶりに聞けた夏樹の声。

「…ごめんなさい…これじゃ夏樹も濡れちゃう。」私を抱えて運んでいるせいで、夏樹は傘がさせないから、だんだん濡れていってしまう。

「気にするな。1回降りろ。」

夏樹の家の前に着いて夏樹が鍵を開けようとするけれど、私はその家に入るつもりはない。さすがに彼女がいる人の家に入るのは、申し訳ないし、私にだって常識ぐらいはある。

「…家に入るのは申し訳ないから、帰るね。ありがとう、送ってくれて。」
それだけ言って、私は隣にある自分の家に帰ろうとする。

「行くな。風呂、沸いてるから入ってから帰れよ。」

「いいよ……夏樹も冷えてるでしょ。それに私が行ったら申し訳ないからさ…」

「…何言ってるんだよ!震えっぱなしじゃないか、風邪引くぞ。俺たちの関係で遠慮なんていらねぇだろ!さっさと入れ!」

ドアを開けた夏樹は、また軽々と私を持ち上げた。

拒否権はないのか…悪い事だとは分かっていても、それでも夏樹と一緒にいられるなら……。私は結局夏樹の家に入ってしまった。

靴を脱がされて、連れていかれたのはお風呂場だった。

「準備しておくから気にせず入れ。俺のことは考えなくていいから、ゆっくり暖まるんだぞ?風邪ひくからな。」

「…ありがとう。」きっと夏樹だって寒いはず。それなのに私を気遣って、先に入れてくれるんだ。雨に濡れたのは私の自己責任なのに、なんでここまでしてくれるんだろう……。

夏樹の優しさに涙を流しながら、私は無事にお風呂に入り終わって、温まることが出来た。

お風呂を出たら脱衣所には着替え一式が用意してあった。きっと私の家から取ってきたものだろうけど、下着類まで全部タンスから取られたんだと思うと、なんだか恥ずかしいけれど、少しでも冷やさせまいとしてくれる夏樹の気遣いが、とても嬉しかった。