『いやいや、俺はなにもしてないよ。本当、話を聞いてただけだから。』
「いいえ、話を聞いてくれただけで本当に助かったのよ。肇にだからこそ、話せた訳だし。」
『そうか、それならよかった。』
そこまで言われたら、さすがに素直に受け取ろうと思った。
コンクールでの演奏を終えた次の日、夏織はすぐに電話をくれた。
結果は残念だったけど、演奏の内容には満足していること、もっとこのメンバーで演奏していたかったという思い。それから、例の阿部高橋問題の時に話を聞いたお礼など、今日は夏織の話を沢山聞けている。
俺は、話を聞くのは嫌いではないし、夏織のことはもっと沢山知りたいと思っているのでちょうどいいと思っていた。
そうだ、聞こうと思ってたことがあったんだ。
『ねぇ、夏織?』
「え?ん、なに?」
びっくりしたのか?可愛いな。笑
『夏織は、これからも吹奏楽を続けるの?』
演奏を聴いた俺としては、是非続けてほしいと思っている。すごく素敵だったから。
「うーん、ちょっと迷ってる。かな。」
なに?そうなのか!?
意外だった。。
『そうなのか?もし、差し支えなければ、なにに悩んでいるのか教えてくれないか?』
夏織は珍しく躊躇いがちに話し始めた。
「うん、大したことじゃないんだけどね。私、元々吹奏楽は高校まででやめようと思ってたの。いや、なにか嫌な思いをしたとかではないんだけど、高校の部活を終えたら、完全燃焼?っていうのかしら?そんな風になるんじゃないかと思ってて。。」
元々やめようと思っていたのなら、迷いというのはもしや。。?
「でも、昨日のコンクールでの演奏を終えて、このメンバーでもっと演奏したかったなとか色々考えてたら、なんだかやりきれなくなって。。それで。。」
ん?泣いているのか。。?
そうか、昨日の演奏は、それ程楽しかったんだな。それもそのはず、吹奏楽を初めてまともに聴いた俺だってあれだけ感動したんだからな。本人達が楽しくないはずがないよな。
『夏織、変なことを聞いてごめん。今このタイミングで俺がこんなことを言っていいのかわからないんだけど。。今こんなことを聞いたのは、夏織には吹奏楽を続けていてほしいと思ったからなんだ。』
「え?」
啜り泣く声の間で答えてくれた。
『俺は、はっきり言って音楽のことは全然わからない。それに、夏織とだって、まだ仲良くさせてもらって日が浅いから、よく知っているとも言えない。でも俺は、一緒に実行委員をやってきた間だけで見ても、人としてどんどんよくなっていく夏織をすごいなと思っていたんだ。口調も柔らかくいい意味で砕けてきて、普段はあまり見せなかった優しさも色々な人に見せるようになって。今じゃ、俺だけじゃなくてクラスの皆が夏織を頼りにしているし、理解していきていると思うんだ。そんなことを感じている中で、昨日ステージの上でクラリネットを吹いている夏織は、これまで見てきた中でも、ズバ抜けて良い顔をしてた。俺は演奏の良し悪しはわからないけど、感動して涙が出たよ。だから、続けてほしいって言いたかったんだ。迷っているところに追い討ちをかけるみたいになってごめん。それに、かなり上から目線だったのも、ごめん。でも、本当にそう思ったから。』
夏織は、俺の言葉を聞いている間もずっと泣いているようだった。
少し掠れた声で、小さく「ありがとう」と答えてくれた。




『落ち着いた?』

「うん」

いつになく弱々しい。でもはっきりと答えてくれた。

『大丈夫?』

「うん。」
泣き止んだみたいだ。

「肇、ありがとう。私、吹奏楽をもっと続けたい。家族以外で、演奏を聴きに来てくれたのは、肇が、最初の人。本番前は、本当に緊張して怖かったけど、肇が客席にいると思ったら心強かったわ。それに、演奏の事も、私のことも褒めてくれてありがとう。聴いてもらえることの大切が少しわかったわ。また、聴きに来てね。それと、私からも聞いていい?」
ん?なんだろう?
『うん、いいよ』
「肇は、これからも剣道を続けるの?」
やっぱり、そうきたか。。
『うーん、実は俺も迷ってるんだ。理由は、夏織とほとんど同じだよ。やめるつもりだったから。関東大会が終わった直後は、続けたいとはっきり思ってたんだけど、半端に続けるのは性に合わないしなぁって。』
「そうだったの、意外だわ。」
ん?
『意外?』
なにが?
「うん、私も、肇と仲良くなれてまだ日は浅いし、試合だって2回しか観に行ってないけど、関東大会の時、すごく伸び伸びと戦っている肇を観て素直に尊敬したわ。あぁ、肇には、剣道が必要なんだなって。すごくキラキラして見えたの。だから、私も肇には剣道を続けてほしいなって思ったわ。きっと、県大会の決勝で戦った岡田っていう選手も、関東大会で優勝したあの選手も、これからも肇と戦いたいと思ってると思うわ。私は、剣道のことは全然わからないけど、肇の剣道はすごく真っ直ぐだって感じたわ。わかったようなこと言ってごめんなさい。でも、本当にそう思ったから。。」
聞きながら、涙が出そうになった。
ありがとう。俺も吹っ切れたよ。
半端に続けるかどうかは、俺次第だもんな。
『ありがとう。俺も、これからも剣道を続けるよ。まさか俺の試合をそんな風に思って観てくれていたなんて知らなかった。俺の試合もまた観に来てほしい!』
それに、これからもずっと一緒にいてほしい。とまではさすがに言えなかった。
これは、もう少し先の話だ。

「うん、もちろん行くわ!なんだか、すごくスッキリしたわ!ありがとう!」
そうか、それはよかった。
『よかった!さて、お互いに部活も落ち着いたところだし、そろそろ文化祭に向けて紅茶の試作でも始めようか!』




ということで、俺達は週明けから数日に一回の割合で紅茶の試作を始めた。
また、クラスTシャツの発注や、保健所への届け出の段取り、夏織のところに届いた材料の情報等、進められるところはどんどん進めた。
きっと今頃、一般受験組は死ぬ気で勉強しているだろう。だからこそ、文化祭のことは俺達が引き受けたのだ。このくらい本気でやってちょうどいいくらいだ。

そうして回数を重ねた3回目の試作。
試作も3回目になると、だんだん方向性が絞れてくる。
「うん、このくらいスッキリしてる方がいいかも。パウンドケーキも結構甘いから。」
確かに。
『うん、これは結構いいな。作り方も簡単だし。』
このブレンドは、3種類の茶葉を6:2:2で混ぜるだけでできる。
「いい感じね!アイスにもしてみる?」
『うん、やってみよう!』


「これ、いいじゃない!アイスでもこのままのブレンドでいけるんじないかしら?」
『うん、かなり美味しいな!自分で言うのも、アレだけど。。』
「研究の成果ね!さすが肇!」
いや、そんな研究って程のことは。。
恥ずかしいので、カップを口につけたままにして表情を隠した。。
あ、そうだ。
『あのさ、話は変わるけど香織は、東光大の建築科に進学したいんだよね?それって何かきっかけがあったのか?』
すると香織は不意を突かれたようで、かなり驚いた顔をした。目がまんまるだ。笑
「いきなりね!まぁ、いいけど。私の場合、ベタだけど、お父さんが大工なの。今住んでる実家も、お父さんが建てたのね。それで、大工は流石に無理だけど、何か建築に関わる仕事をしてみたいと思ってて。それで、お父さんの部屋にあった図面を見たら、なんかかっこいいなって。ほんと、それだけなの。」
夏織はとても恥ずかしそうに話していた。
『そうなんだ!いいじゃないか。もうあれだけ立派な図面を書けるんだし、ぴったりだな!』
すると、より恥ずかしそうに答える。可愛いな。
「あ、ありがとう。叶えられるように頑張るわ。」
そこで一息ついた。今度は夏織から質問が来た。
「そういえば、肇はどこの大学に行きたいの?」
そうなるよな。笑
いや、別に勿体ぶっていた訳じゃないんだけど。笑
『実は、俺も東光大志望なんだ。。』
すると、さっきよりもさらに目を見開く。
「な、え!?そうなの!?え?本当に!!??」
『え、うん。。ごめん、言いそびれてた。。』
まさかそんなに驚くとは。でも、ちょっと嬉しそうでよかった。
「なんだ、早くいってくれたら良かったのに!じゃ、2人共合格できたら大学でも一緒ね!」
嬉しそうだ。よかった。というか、もっと早く言えばよかった。
『うん!二人とも受かるといいな!』

試作も落ち着いたのでその日は帰ることになった。
二人並んで廊下を歩いていると、向こうから恒星が歩いてきた。
「お、どうしたんだ?二人揃って。」
そういってニヤニヤしている。笑
なんだよ。笑
恒星は入学試験に楽器の実技が出るため、部活引退後も楽器の練習をさせてもらっているらしい。今肩に掛けている楽器も学校のものではなく、私物だろう。
なんだろう。少し見ないうちに前よりも貫禄を感じるようになったな。

『文化祭の試作だよ。ブレンドティーを作ってるんだ。』
すると、すぐに感心したような表情に変わる。
「ブレンドティーか!!随分凝ったものを出すんだな。さすが、肇と東堂だな。皆も頼りにしてるんじゃないか?」
これには夏織が答える。
「私はともかく、肇は、信頼されているリーダーよ。私も、頼りにしているわ」
『いや、夏織も十分に信頼されていると思うよ。俺にはない力があるし、夏織と二人だからここまでできているんだ。』
これには素直な言葉をかけた。俺が自信を持っていられるのも、夏織のおかげだからな。
「相変わらず仲良いんだな。」
そう言った恒星はどこか切なそうだった。


恒星と別れて二人で校門まで向かって歩く。
俺達の試作も今日で終わりだ。と言うことは、このままでは夏休み中は夏織に会えなくなることになる。そう考えて少し焦った
『あの、夏織!』
思わず声をかけてしまった。。
「え?なに?」
どうする。。
『あ、えっと、この後、忙しいか?』
今は16時。断られてもおかしくない時間だった。
「え?いや、大丈夫、だけど。」
少し顔が赤い。暑いのか?
『大した用じゃないんだけど、ちょっとハーベストの本屋に行きたいんだ。無理にとは言わないけど、よかったら一緒に…』
「えぇ、行きましょ!」
え?
そう言ってさっさと歩き出す夏織。
さっきよりも足取りが軽く感じるのは、気のせいか??
「実はね、私もハーベストにいきたかったのよ。制作班の男子が、ハーベストに入ってるホームセンターで木材がいくらで売られてるか教えてくれたの。値段はいいんだけど、木材は買う前に実物を見ておきたいから。。あの、そこにも付き合ってもらえるかしら?」
『も、もちろん!よかった、夏織も用事があったみたいで。』
ん?実物?だとしたら。
『ハーベストのホームセンター以外のお店の値段も送られてきているのか?』
すると嬉しそうに答える。
「うん!2、3店舗分の情報がきてるわ!どこも値段は同じようなものだけど。。」
フリか?これはフリ…なのか?笑
『じゃ、もしよかったら、他の店舗も一緒に行かないか?今日は、時間がアレだけど。。俺、部活も引退したし、受験も、指定校だから、その、まぁまぁ暇だし。。』
なんだか変な感じになってしまった。。なんでこんな簡単な誘いもできないんだ。。
「えぇ!あの、私も暇だし、肇も一緒に来てくれるなら嬉しいわ!」


こうして、俺達の夏休み後半は、二人で過ごすことが多くなった。
文化祭関連のことももちろん、そう言った用事がなくてもどちらとも誘うようになり…

(いきなりで悪い、ちょっと、相談いいか?)
俺は今、浩司にメールしている。
浩司は一般組ではあるが、そこまで難関な大学を目指しているわけではないようで、割と余裕があると聞いていた。
返事はすぐに帰ってきた。
(どうした?)
(いや、実は、夏織のことなんだけど。)


っ!!
電話?
『もしもし』
「おう!いきなりかけて悪いな!どうした?」
『いや、夏織の、ことなんだけど、俺は、どうやら…』
「おう?」
『夏織のことが好きになってしまったようだ。』
なんだこの感じは。。。死ぬほど恥ずかしいぞ。。浩司に話すのでこれだ。。
本人に告白なんてできるのか??
「いいじゃねぇか!!東堂はいいやつだしな!お似合いだと思うぞ!で、相談ってのはなんだ?」
お似合いという言葉につっこみ損なったが、まぁいい。話が早くて助かる。
『あぁ、えっと、花火大会に、誘ってみようかと思うんだけど、どう思う?』
ここまできたら濁す意味もない。浩司はストレートだし話のわかるやつだ。
「いいと思うぞ!で、誘ってどうするんだ?」
こいつ。。読んでるな笑
『告白をしようと思ってる。けど、うまくいかなかったら文化祭が終わるまで地獄だし、悩んでいるんだ。』
「なるほど。まぁ、悩みは最もだけど。東堂は、肇の試合を見にきてくれたんだよな?」
『ん?うん』
「で、肇も、東堂の演奏を聞きに行ったんだよな?」
『うん。』
「その後、二人で会ったか?」
『会ったよ』
「文化祭関係以外の目的でも会ったか?」
『会ったね。』
「どちらから誘った?」
『ん、両方、かな?』
「じゃ、ここからが大事な質問だ」
いや、だとしたら今までの質問はなんだったんだ?笑
「肇は、相手が東堂じゃなかったら誘ったか?」
『いや、それはない、かな。』
「じゃ逆に、東堂以外に誘われていた会ったか?」
『いや、それもないかな』
「だろ?そう思うよな!?俺もそう思うよ!」
なんだ?
『えっと、つまり何が言いたいんだ?』
「簡単だよ、東堂も同じ気持ちなんじゃないか?」
んな簡単に。。
『いや、どうなんだろう。。?』
「おいおい、今まで俺の話を聞いてたか?」
いやいや
『もちろん聞いてたけど、そんな簡単に…』
けど、浩司と話していたら不思議といける気がしてきた。
「俺は、夏休みに入る前から二人はお似合いだと思ってたぞ?大丈夫だと思うぞ?」
それから、浩司は俺に告白する時の心得みたいなものを吹き込み続けた。
約一時間の講演(?)を聞き終えて、ようやく踏ん切りがついた。

明日、誘ってみよう。
明日以降、俺達は会う約束はしていない。
つまり、最後のチャンスだ。




今日は駅で待ち合わせしていた。
『おはよう!』
「おはよう!」
今日はこれから宇都宮にあるホームセンターに向かうことになっていた。
二人でホームへ降りて、電車に乗り込む。
「いよいよチェックするホームセンターも今日で回りきるわね。」
『うん、大変だったけど、楽しかったな!お店の候補は、ある程度絞れたか?』
その辺は、あまり心配していないが。
「えぇ、今日のところか、ハーベストのところになりそうね。木材の質はそこまで悪くないし、値段も安い。それに、やっぱり運ぶとなると近い方が良さそうだから。」
『OK!そこまで絞れてきてるならよかった!確かに、買い出しは近いほうがいいね。』
すると、今日これから見に行くお店はあんまり行く意味がないようにも思えるが、ここは知らないふりをして一緒に行く。ちょっとデートっぽいこの時間をなるべく長く過ごしたいからだ。
ホームセンターへはあっという間にたどり着き、木材をチェックする。
このお店も決め手には欠けるようで、やはりハーベストに入っているホームセンターに決まった。
休憩がてら入った喫茶店で、制作班のメールグループへ連絡を終えた夏織が、申し訳なさそうに話し始めた。
「あの、ごめんなさいね。ほとんど決まってたのにわざわざきてもらってしまって…」
なんだ、そんなことかと話し始めようとすると、夏織は、思いがけないことを口にし始めた。
「実は、私、肇と出かけるのが、楽しくて、でも、遊びに行こうって言っても何したらいいかわからないし、なんて誘ったらいいかも分からなくて…。それで、文化祭のことにこじつけて誘ってたようなところがあって。。ごめんなさい。」
黙って聞いていたが、なんだ、そんなことか、と言う気持ちは変わらなかった。
『全然気にしないでよ、俺も、夏織と出かけるのは楽しかったし、もし仮に遊びに行こうって誘われてたとしても、断ったりはしなかったよ!だから、例えこじつけだったとしても、誘ってくれてありがとう!それに、俺からの誘いも断らずにきてくれて、ありがとう』
やっぱり夏織はまっすぐな人だと思った。俺は夏織のこう言うところが好きなんだと思う。
「ありがとう。そう言ってくれると救われるわ。でも、いつまでもこじつけってわけにもいかないから、今度はちゃんと誘うわ!」
『夏織は本当に真っ直ぐだな。夏織のそう言うところ、俺は好きだな』
うわっ!!しまっ!!
『そろそろ出ようか!散歩しよう!散歩!!』
照れなどという生やさしいものではない。顔から火が出そうだ。
「え、えぇ、いいわね、散歩!」
まずい、顔が見られない。。

喫茶店を出ると、駅から少し離れたとこにある大きな神社まで歩いてきた。
夏の日差しがまだまだ厳しいが、幸い神社までは日陰が続いている。
熱くなった顔も落ち着いた頃、俺たちは並んでベンチに座り、お互い恥ずかしさを隠すように顔を背け合っていた。
「ねぇ、肇?」
まずい、また顔が熱い。。けど、話しかけられたらさすがに顔を背けてはいられない
『ん?どうした?』
見ると、夏織も顔が赤い。
「あの、もしよかったら、今度の花火大会、一緒に観にいかない??」
なっ!!
『え!?』
「あ、ごめん、嫌なら、別にいいんだけど…」
いやとかではないのだが。。。
『あ、いや、違くて、嫌とかじゃなくて』
「え?何よ?」
『いや、実は、俺も今日、誘おうと思ってたわけで。。』
先を越された。。なんてことだ。。
「あはははっ!なんだ!そうだったの!?」
笑い続ける夏織。俺もつられて笑い出した。笑
『そうだよ!いつ言おうかって緊張してたところだったんだ!』
「じゃぁ、今回は私の勝ちね!」
『え?勝ち?』
「誘ったもん勝ち、でしょ?」
そう言ってまた笑った。
確かに。笑
告白は先を越されないようにしないとな!







花火を見に行くのなんて何年ぶりだろうか?
そもそも家族以外の人と見に行くのは初めてかもしれない。
などと考えながら準備を始めた当日の朝。当たり前だが、花火を見に行くのに大した準備は必要ない。お互いに、あるいは女子だけは浴衣で行くという選択肢もあったのだが、今回は気軽に行こうと言うことで、お互いに私服でと話してあった。
学校もないのに割と早くに目が覚めてしまった俺は、何かしていないと落ち着かないのでこれと言って特別なことは何もない『準備』をして、本格的に暇になってしまった。
指定校狙いとはいえ受験生なので、少し勉強もしたけど、やはり集中できない。
では、と始めた紅茶のブレンドもまるで進まない。
どうしようかな。そもそも俺は今までこんなに暇を感じたことはなかった。夏織と仲良くなる前の方がずっと時間はあったはずなのに。。
それだけ夏織が、俺の心の中心にいるってことなんだな。
恋なんてまるでしたことないのに、してみたら簡単なものだ。どこにいても、何をしててもその人のことを想っていたら、間違いなくそれは恋なんだな。

あぁ、それにしても暇だなぁ。。





待ち合わせは、18時に学校近くのコンビニにしていた。
大事をとって家を出たが、早すぎた。17時半にはついてしまった。
また暇な30分だと思ったが、今日1日に比べたら本当に後少しだ。と思ったら。
「肇?もう来てたの?」
え?
驚いて顔を上げると、そこには夏織が立っていた。
早いな。笑
『あぁ、なんだか、待ちきれなくて、早くついてしまったんだ。』
すると、夏織は、初めて二人で打ち合わせした時に見せた、はにかんだような表情で答えた。
「そうなんだ、実は、私も。。」
本当に可愛いなと思う。
『楽しみだな!早速歩こうか!』
「うん!」

むしろ早くに集まっていてよかったような気がする。。
会場近くはとても混んでいて、歩くのも困難だ。
はぐれないようにするだけでも大変だった。

見に行く場所は、予め決めてあった。
というのも、浩司がいい場所を教えてくれていたのだ。
たどり着いてみると、そこは確かに人も少なくて花火も見やすそうな場所だった。
浩司には、世話になりっぱなしだな。今度、何かお礼をしよう。恒星にも。
『すごい人だったね、大丈夫?』
夏織の表情がちょっと曇っていた。
「うん、でも、ちょっと人に酔ったみたい。。」
それはまずいな。。
『わかった、何か飲み物を買ってくるよ。ちょっと待ってて!何か飲みたいものはあるか?』
「ありがとう。えっと、じゃぁ、炭酸のものがいいな。」

自販機はすぐ近くにあったので、そこでサイダーを二本買ってもどった。
「ありがとう。ごめんね。」
謝ることではない。
さっきよりは大分顔色がいい。よかった。
『いやいや、大丈夫か?』
「うん。ありがとう!肇は、いつも優しいよね。」
なんだ急に。笑
いつになく大人しく、潮らしいな。
『なんだよ、急に』
そう言って少し笑う。
「んん、いつも、思ってるから。」
ん?なんだこの空気。。
「肇とはさ、文化祭実行委員をきっかけに仲良くなったけど、私、文化祭が終わっても、肇とは仲良しでいたい。文化祭準備が始まった5月から今までが、私の人生の中で1番楽しかったから。。あの…わたし…」

ドンッ!!

どうやら花火が始まったらしい。
なんというタイミングだ。笑
でも、おかげで助かった。
夏織は、びっくりして言葉を止めた。

ドンッ!!ドドンッ!!
ドンドンッ!!

今しかない。
鼓動が、花火の音と重なった。






『夏織。俺は夏織が好きだ。俺と付き合ってくれ。』



ドドンッ!!ドドドンッ!!


いつの間にか暗くなっていた。
花火が上がるたびに映る夏織の顔が、笑顔になっている。
泣き笑いの表情を浮かべながら、俺に近付いてくる。


え?


反射的に目を閉じる。


唇に伝わる確かな感触。



もはや鼓動なのか花火の音なのかわからないくらいドキドキしていた。


恐る恐る目を開けると、そこにはさっきまでと同じ表情の夏織がいた。


今のが、返事か。。。?


『えっと。』
「あの。」

同時だった。
少し笑った。
『今のが、その、返事…?』
恥ずかしそうに答える。
「うん。」
そうか、よかった。
『ありがとう。改めてよろしくお願いします。』
「こちらこそ。」



その後俺達は、手を繋いで花火を見た。