恋愛関係だけではない。仕事にもいい思い出がなかった。

 かろうじて就職できた会社は急に業績が傾き、透を退職に追い込むために、上司が様々な嫌がらせをしてくるようになった。あからさまに無視され仕事の量を減らされ、ささいなミスを会議の場や同僚の見ている前で公然と責め立てられた。
 透の大人しい性格も災いしたのか日に日に人格攻撃の度合いは増し、透は体調を崩し夜も眠れなくなった。古城市に帰ってきて数か月経ち、最近ようやく悪夢を見ることが少なくなってきたのだ。

「喫茶、ラウンジ、……はな?」
茉莉花(まつりか)、ジャスミンのことだね」

 住宅街から細い裏通りに入ると、昔懐かしい雰囲気の店がひょいと目に入った。
『喫茶 茉莉花』は看板にラウンジの表記もあり、夜はスナックになるらしい。煉瓦造りの小さな花壇の奥に出窓があって、レースのカーテンがかかっていた。日焼けしたカーテンや窓際に置かれた陶器の人形に、どことなくノスタルジックな昭和の香りがする。