俺と亡き兄は特段、仲がよかったわけではない。……いや、そもそも仲の善し悪しを評価できるほどに、兄のことを知らない。
 それというのも、俺たち兄弟は幼少期に住まいを別にし、互いのことを知らず、干渉せず、ここまできていたからだ。
 長男の兄は、侯爵家の後継ぎとして、両親の期待を一身に受けながら屋敷内で家庭教師らの教育を受けて育った。一方、次男の俺は物心つくかつかぬかの内に王立寄宿学校に居を移し、そのまま騎士団への入団を果たしている。蛇足だが、王立寄宿学校は家督を継がぬ貴族子息に将来の選択肢を示す重要な場所でもあり、このような養育パターンは高位貴族の家庭にあって決して珍しいことではない。
 しかし、そんな希薄な関係にあった兄の忘れ形見を目にして俺の中に芽生えたのは、とても不思議な感情だった――。
 俺と彼女の血がそう感じせるのか、はたまた庇護欲をそそる稚い彼女の眼差しが俺の中のなにかを刺激したからか。
 この瞬間、俺の中から修道院に生涯幽閉するという先の選択肢は霧散していた。