しばらく大きな道を歩くと、小さな路地に入る。

「地図だと、この辺りになっているけど……」

 日本語名での事務所の名前は、ロング法律事務所。
 ネットで調べた時は、裏路地にある小さなビルだったけど――。

「あっ! このビルかな……!」

 路地に入ってすぐ、大きな看板が目に入る。さすがに、英語が不得意な私でも「ロング」は読めた。
 お洒落なエントランスまでスーツケースを引っ張って行くと、綺麗に磨かれた自動ドアから中の様子が見えた。

「あっ……」

 思わず声を漏らしてしまう。自動ドアから入って正面にある受付らしき場所に、三年振りに姿を見る契約夫の姿があったからだった。

「若佐先生……」

 私の場所からは横顔しか見えないが、若佐先生は最後に会った三年前と何も変わっていないように見えた。
 銀縁の眼鏡も、きっちり着こなしたスーツも、短く整えた黒髪も。まるで三年前からやって来たかのように、そのままの姿で自動ドアの先に立っていたのだった。

(何も変わってない……良かった……)

 そっと胸を撫で下ろして自動ドアに近づいて行くと、中の様子がはっきりと見えてくる。若佐先生の視線の先に気がついた時、私の足はピタリと止まってしまったのだった。

「あの人は……?」

 若佐先生の視線の先には、ウェーブのかかった長いブロンドヘアを背中に流して、オフィスカジュアルな格好をした見目麗しい若いアメリカ人の女性がいたからだった。

(誰、あの人……)

 若佐先生は先程からその女性と話しているようで、時折、笑顔を見せていた。

「そんな……」

 愕然として掠れた声が漏れる。重く苦しい感情が胸の中を満たす。
 日本で一緒に暮らしていた頃、いつだって若佐先生は厳しい表情か苦々しい表情しか見せてくれなかった。あんな楽しそうな表情など、滅多に見せなかった。
 それなのに、ブロンドヘアの女性とは仲睦まじい様子を見せて、笑顔さえ浮かべている。

(やっぱりそうだったんだ……)

 私をニューヨークに連れて来なかった理由。それはあの女性と特別な関係だったからだ。離婚届を送ってきたのだって、きっと結婚が決まったからで――。

(私、もう邪魔なんだ。本当にもう要らないんだ……)

 胸を満たす重苦しい感情で息が苦しくなる。スーツケースの持ち手をぎゅっと握りしめると、私は事務所に背を向ける。
 そうして、足早に来た道を戻ったのだった。