陽翔が怒っている理由が分からず戸惑っているうちに車が停車した。そこは陽翔の暮らすマンションで千夏も何度か来たことがある。陽翔は車から降りると千夏の座る助手席へと回り、扉を開け、何も言わずに再び千夏の腕を掴んだ。

 エレベーターに乗り陽翔の部屋につくと、陽翔は着ていたスーツの上着を脱ぎ捨て、ネクタイを緩めた。

「千夏さん、どういうことか説明して」

 説明って、一体何を?

 陽翔が何に怒っているのか分からず、千夏の瞳に涙が集まり始める。

 もしかして、また私は振られるの?

 『お前は一人でも大丈夫だろう』って陽翔からも言われるの?

 千夏は顔を伏せ目をギュッと瞑った。すると陽翔が震える手で千夏を抱きしめてきた。

「千夏さん、俺より、磯田くんの方が良くなった?」

 えっ……。

 磯田くん?

 そっと顔を上げると、陽翔の瞳にも涙が集まり、今にもこぼれ落ちそうになっていた。

「陽翔、あの……何か勘違いをしているんじゃ無いかと思うんだけど……。もしかして私と磯田くんのことを疑っているの?」

「違うの?誕生日プレゼントもらって抱きついてたら……」

「違う違う、磯田くんは恋人いるし、私は磯田くんのタイプじゃないし」

「磯田くんに恋人がいるのもウソかもしれないよ。それにどうして千夏さんがタイプじゃ無いってわかるの」

 あれ……?

 陽翔、知らないの?

 秘書として仕事をしていた陽翔の秘密を知っていた磯田くんと陽翔は、仲が良いのだと思っていた。そのため陽翔も磯田くんの秘密を知っているものと思っていたのだが……。


 でも、これって人に話して良い話なんだろうか?

 磯田のプライベートをベラベラと話すのは気が引ける。

「…………」

 黙ったままの千夏を見つめ、陽翔は力なく両手の力を抜いた。

「何も言ってくれないんだね……」

 陽翔は千夏からそっと離れ顔を伏せた。そんな陽翔の様子に焦った千夏は、カバンの中からスマホを取り出すと、磯田に電話をかけた。


「磯田くんちょっといい……」


 磯田と話し終わった千夏が陽翔の前にやって来た。

「今、磯田くんの了承を得たわ。説明するわね。さっきも言ったけど私は磯田くんのタイプじゃないのよ」

「だからそんなの分かんないでしょ」

「ううん。性別的にダメなのよ」

「性別的?」

 そう、磯田くんは……。

「磯田くんは同性愛者なの。ボーイズラブってやつよ。恋人も男性よ」




「…………」




 陽翔は絶句し、よろりと体をフラつかせた。