「はははっ……」




 千夏はもう一度笑ってみた。乾いた笑い声が耳に届くと、何とも惨めに聞こえた。

 なんだ……素直になろうとダメだったんだ。

 達哉の心はすでに離れてしまっていたのだから……。



 何をやってるんだろう。

 バカだな。

 プロポーズされるかも?

 まったく逆じゃないか。

 
 鼻の奥がツンと痛くなる、

 ダメだ。

 こんな所で涙を流すな。

 
 千夏は涙を必死に堪え、抜け殻になった身体をなんとか動かし、ホテルのエントランスをぬけ外へと出た。外はすぐそこまで春が来ているとは思えないほど、キリリとした冷たい風が吹いていた。その冷たい風が、千夏の頬を撫で髪を後ろへとさらっていく。息が白くなるほど寒くはないが、回りを歩く人々は襟を立て足早に歩き、帰路につこうとしている様に見える。そんな中、千夏はゆっくりと歩道を歩いていた。


 達哉はいつから私と別れることを考えていたのだろうか? 


 達哉とは喧嘩をしたこともないし、意見が合わないといったこともなかった。それなのに、なぜ達哉が別れを選択したのかが分からない。私に至らないところがあったのだろうか?


 きっとそうなのだろう。

 私が……。

 私がいけなかったんだ……。
 
 格好つけてばかりで、可愛げのない自分がいけなかったんだ。

 もっと早くにすべてを晒してしまえば良かったのに、それが出来なかった。

 
 

 素直になれない自分。

 可愛げの無い自分。

 格好ばかりつけたいる自分。

 可愛く甘えれば良かった……。そう思っても、きっと現実では出来なかっただろう。


 そんな自分に嫌気が差す。


 もう嫌だ……。


 また鼻の奥がツンと痛くなるのを感じると、それと同時に瞳に涙の膜が張り視界が歪む。


 惨めだ。

 何が勝ち組の女社長だ。


 そう思ったとき、瞳に留めることの出来なかった涙が頬をつたって、アスファルトの上に落ちていった。千夏の涙をアスファルトが吸い取っていく。

 すると、ズンッと体が重くなり、回りから音が消えていた。

 千夏の回りには人々が行き交う足音や、車の音など沢山の音が溢れているというのに、何も聞こえてこない。まるで自分が無音の世界に入り込んでしまったかのように何も聞こえてこない。千夏は何も考える事が出来ず、全てを遮断した。肩を落し、とぼとぼと歩きながら千夏は自分の住むセキュリティ付きマンションまでなんとか帰ってきた。

 何も考えられないと言うのに自室に帰ってくると、体はかってに動き、毎日のルーティンを開始する。鍵をテーブルに置き、着ていたコートを乱暴にソファーの上に投げ捨てた。化粧を落とし、着ていた服を洗面所で脱ぎ、熱めのシャワーを浴び終えると、顔に化粧水を塗りスキンケアを終えた頃、一気に現実へと引き戻された。


 何やってるんだろう。


 せっかくシャワーを浴びて泣き止んだというのに、また鼻の奥がツンと痛くなる。同じ事の繰り返しだ。瞳から涙が溢れ出し、今度は鼻水まで出てきたため、ちり紙を使っておもいっきり鼻をかむ。

もうグチャグチャだ……。

きっと、目も赤く腫れ上がり、鼻もあかくなっているはずだ。

 かっこ悪い。


「はぁーー」


 本日、何回目の溜め息だろうか、千夏は大きな溜め息を付いた。静かすぎる部屋のせいでこんなに気持ちが滅入ってしまうのか?そう思い千夏はテレビの電源を入れテレビをつけると、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。今人気のお笑い芸人達がゲストを笑わせているが、千夏は笑うことが出来なかった。千夏の瞳はテレビの一点だけを見つめ、動くことは無い。ただ、ボーッとテレビを眺めているだけだった。

 その時……。

 「ピンポーン」と玄関のチャイムが鳴った。時計に視線を向けると時刻は20時。こんな時間に一体誰が?と思ったところで、はたっと気づく。

 そうだった、今日ハウスキーパーが来る日だったわ。

 今まで頼んでいた人が止めてしまったため、初顔合わせがてらこの時間にお願いしていたことを忘れていた。