「千夏……」
名前を呼ばれ振り返った視線の先に立っていたのは……。
「……達哉」
そうだった。ここは如月グループのホテルだ。達哉がいてもおかしくない。達哉は如月グループの幹部候補なのだから……すっかりそのことを失念していた。
「千夏、元気にしていたかい?あの話し考えてくれた?」
あの話し?
一体なんの話だろうと思っていると、達哉は千夏の腰に腕を回し飲み物を手渡してくれた。相変わらず達哉はスマートにこちらをエスコートしてくれる。ビシッとスーツを着こなしている達哉の姿に、回りにいる女性陣達も頬を染めているのがよく分かる。分かる、分かるけど今の私は、この人にはなびかない。
「飲み物をありがとう。でも、少し距離が近すぎだわ。離れてくれると助かるのだけれど」
「そうかい?俺はこのままでいたいんだが?」
そう言って千夏の手を取るとその指先に達哉の唇が触れた。回りにいた女性陣から小さな悲鳴が聞こえてくる。
相変わらずこういうパフォーマンスが好きねぇ。呆れながら達哉に握られている手を振り払おうとしていると、達哉がこちらをジッと見つめていることに気づいた。
「俺は真剣なんだ。俺達やり直せないか?千夏のことが忘れられないんだ」
達哉……その言葉をもっと早く聞きたかった。
千夏はゆっくりと瞳を閉じ、自分の中にいる唯一の人を思い浮かべた。そしてそれは目の前にいる達哉ではない。
「達哉、私は……」
その時パーティー会場がザワつきを見せた。
社長がやって来たのだろうか?
千夏は達哉にかけようとした言葉を飲み込む。すると背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「村上くん、俺の千夏さんから離れてくれないか?」
振り返るとそこには、いつもより上質なスリーピーススーツに身を包んだ陽翔の姿があった。
それにしても、達哉のことを村上くんて……その呼び方は年上に対して失礼なのでは無いか?そう思っていると隣にいた達哉が、声を抑えつつも声を荒げた。
「なっ……お前はあの時の……。また邪魔をしに来たのか?それに年上に向かって村上くんは失礼じゃ無いのか?」
「邪魔をしているのはそちらだろう。俺は言ったよな?俺の千夏から離れろと」
陽翔は千夏の腕を掴むと自分の方へと引き寄せ、達哉から千夏を引き剥がした。すると両手を伸ばした千夏が陽翔の胸へと飛びつき、嬉しそうに微笑んだ。
千夏……どうしてだ。
どうして俺以外の男に微笑みかけるんだ。
達哉の顔が苦しそうに歪んだ。