固まり動かない千夏に向かって、達哉が大きく溜め息を付いた。


「心から守りたい人が現れてしまった。千夏とは2年付き合ってきたが、お前との未来が見えないんだ。それにお前は一人でも大丈夫だろう」


「…………」


 私は何も言えなかった。





『お前は一人でも大丈夫だろう』この台詞を私は今まで何度も聞いてきた。

 初めてその言葉を聞いたのは高校生の時。
 
 初めて付き合った彼氏に浮かれていた私は、少しづつ離れていった彼の心に、気づいてあげることが出来なかった。
 
 そして、言われたんだ。


「お前は強いから俺がいなくても大丈夫だろう?千夏は一人でも大丈夫だろう」と……。

 それから付き合う人、付き合う人、別れの日に皆が口裏を合わせたかのように言うんだ。『お前は一人でも大丈夫だろう』って……。


 突然の別れ話に、心が追いつかず、脳が考える事を停止しているかのように動かない。そのせいなのか涙も出てこなかった。

 唖然としている千夏をチラリと一瞥した達哉は、話は終わったとばかりに立ち上がった。


「…………」


 待って、行かないで……。

 その言葉が出てこない。


 お願い、振り返って……冗談だよって言って……。


 千夏は達哉の後ろ姿をただ黙って見送ることしかできなかった。



 千夏は自分の心に語りかける。

 ねえ千夏、本当にこれでいいの?このままでいいの?

 

 いつも同じ言葉で振られてしまう自分。

 お前は一人でも大丈夫だろう……。そんなわけがない。

 私だって一人は寂しい、一人で大丈夫なんかじゃない。誰かと一緒に生きていきたい。

 ここで達哉を見送ってしまえば、もう会うことは無いだろう。


 いつもならここで強がってしまい、終わりにしてしまうのだが……言ってしまおうか。自分はそんなに強くは無いと。

 泣いてすがって、みっともない姿を晒してしまおう。

 私だって誰かに守ってもらいたいと願っていることを。


 心の中の千夏が言う。
 
 そうよ。素直になって……。

 
 千夏はカバンを掴みエレベーターのボタンを押した。1Fにつき千夏はエレベーターから飛び出すと達哉の姿を探した。


 達哉……。


 達哉の後ろ姿を見つけ、千夏は彼の背中に向かって手を伸ばそうと前に突き出した。しかし、千夏は伸ばしたその手を力なくだらんと落とし、「達哉」と叫びそうになるのを飲み込んだ。

 私は達哉に声をかけることが出来なかった。




 なぜかって?
  



 達哉の隣にはセミロングの髪をユルフワに巻いた、背の低い可愛らしい女の子が、寄り添っていたからだ。二人は見つめ合い、時々微笑みながらエントランスを出て行った。




「はははっ……」



 

 こんなに落胆し悲しいというのに、千夏の口から乾いた笑い声が出た。

 人はこんな時、笑ってしまうものなのか……。