「千夏さん、こんな所で何をやってるんですか?」


 少し怒っているようなその声は……。


「陽翔くん?どうしてここに?」

 千夏は突然現れた陽翔に驚き、戸惑いながら、抱きしめられている身体から発せられる陽翔の匂いに安堵し、ふにゃりと笑ってしまった。

 
 なぜか今すごく陽翔くんに会いたいと思っていた。そのせいか顔の表情が緩むのを必死に押さえようとしているのに、全く出来ない。


 達哉はそんな千夏を唖然と見つめ、目の前で起きている事実に驚きを隠せずにいた。いつも完璧で何でも優雅にこなす千夏が、達哉の知らない男に抱きしめられ顔を赤く染めながらあたふたとしている。テレビで見た千夏も確かにそんな姿だった。俺の前では見せない姿……あんな風にふにゃりと笑った事なんて一度もなかった。達哉は両手をグッと握り絞めると目の前の男に向かって声を荒げた。

「きみ、何をやっているんだ。千夏から離れろ」

 そう言いながら達哉が立ち上がると、そんな達哉をチラリと一瞥した陽翔は千夏を抱きしめた状態のまま口角を上げた。

「千夏さんから離れる?絶対に嫌なんですけど。あんたこそ千夏さん諦めてさっさと帰ったら?」

「はあ?きみは一体誰なんだ?いきなりやって来て失礼じゃないか」

「あー。うるさいなー。俺は千夏さんの秘書ですよ」

 秘書と言う言葉に達哉がピクリと反応した。

「千夏の会社にきみのような秘書はいなかったと思うが?」

「俺はこの春からこの会社に入ったからですよ」


 この春から入職しただと……。


 その言葉に達哉が馬鹿にしたように笑い出した。

「くくくっ……あははははっ……きみのような子供が面白いことを言う。新入社員の子供はさっさと帰りなさい」

「子供……ですか……」

 陽翔は悲しそうな顔をした後、千夏を抱きしめていた腕の力を抜いた。


 陽翔くん……。


 二人の会話を黙って聞いていた千夏の胸がチクリと痛んだ。


 陽翔くんそんな顔しないで、大丈夫だから……。

 
 千夏から離れようとする陽翔の腕を握り絞めた。



 あれ……?

 私はどうして必死になって陽翔くんの腕にしがみついているんだろう?