「泉堂社長、いつもの様子を撮影していきますので、カメラがあることは気にしないで下さい」

「はい。分かりました。何かあったら声をかけて下さい」

 テレビ局のディレクターにそう言われた千夏はいつも通り仕事を開始した。磯田から手渡された資料に目を通し、各部署に確認の電話をしたり。資料に判を押していく。

 仕事が始まると、カメラは気にならなくなっていた。

 集中、集中、今は仕事よ。

 そしているうちに、時間はあっという間に過ぎ、いつの間にかお昼の時間となっていた。

「泉堂社長はいつもどちらで食事をされるんですか?」

「基本はここで食べているわ」

 そこへ昼食を持った磯田がやって来た。

「社長、昼食お持ちしましたよ」

「ありがとう。そこに置いておいて。これが終わったら食べるから」

 社長のデスクの前にあるテーブルに並べられた食事を見て、テレビ局のスタッフ達がどよめいた。

「えっ……あの量って……」

「あれって、一人分?」

「そこの君、社長の秘書さんだったよね?」

 突然声をかけられた陽翔は驚きながらも返事をした。

「ええ、そうですが何か?」

「泉堂社長はいつもあの量の食事を召し上がるのか?」

「ああ、そうですよ。社長は細いのに沢山召し上がられますよ。すっごく美味しそうに食べるので、カメラの準備しておいた方が良いと思いますよ」

「そうか。カメラマン逃すなよ」

「まかせて下さい」




 
 **






 夜8時を過ぎた頃、千夏の一日密着は終了した。

「いやー。泉堂社長どうもお疲れ様でした。いい画が撮れましたよ。放送楽しみにしていて下さい」

「そうですか。私はいいので、会社の宣伝お願いしますね」

「分かっていますよ。泉堂社長、今日は本当にありがとうございました。急なお願いに答えて頂き、こちらは大変助かりました。我々で何か出来ることがあれば、いつでも連絡下さい」

 頭を下げるスタッフ達を見送り、千夏は社長室に置いてあるフカフカのソファーに全体重を預けた。

「はぁー。おわったー」

「お疲れ様です。千夏さん、コーヒー飲みますか?」

 すでに用意されたコーヒーを陽翔から受け取り、喉の渇きを潤していると、そこへ磯田が慌てた様子でやって来た。

「社長、申し訳ありませんが、先に失礼させてもらってもよろしいですか?」

「大丈夫よ。どうしたの?急用?」

 珍しく慌てた様子の磯田の姿に、千夏は心配になって尋ねる。

「はい。その……」


 ああ、そう言うこと……。

 「磯田くん、喧嘩はダメよ。恋人と仲良くね」

 千夏がそう言うと、磯田は眼鏡をクイッと上げ、いつものクールな表情に戻り、一礼すると社長室から出て行った。